一輪挿
□そばにいるよ
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気が付けば、色も無く固かった蕾も色付き、膨らみ、綻んで。
外朝の庭園の辺り一面、薄紅色の桜達が我先にと一斉に咲き始めていた。
「…見事だな」
一人、庭園に面する回廊からその景色を臨み、李絳攸は目を細めながら呟いた。
纏う衣の色は進士を表す白。
絳攸は無意識にそっと自らの衣に触れる。
このふた月、振り返れば嫌な思い出ばかりではあったが、それでも、この色を身につけるのも今日が最後であると思うと、少しだけ淋しさが忍び寄る。
−不思議だ、あれ程待ち望んでいた日だというのに。
「こんなところにいたの」
ふいに声を掛けられて、絳攸は驚いて振り向いた。そこには。
「楸瑛」
自分と同じ色を纏う同僚の進士、藍楸瑛が立っていた。
「また、迷ってたのかい?」
「お、俺は迷ってなんかないっ。ただ咲初めの桜を見ていただけだ!」
「ああ本当だ、いつの間に。綺麗だね」
いまやすっかり迷子の絳攸を迎えに行く役目が定着してしまった楸瑛は、絳攸の強がりに対するあしらいにもすっかり慣れたもので、桜並木に軽く目を遣り相槌を打つ。
しかし程無くして視線を絳攸へと戻し、静かに声を掛けた。
「官位辞令拝命式、始まるよ」
「…わかってる」
そう、今日でいよいよ自分達の正式な配属先が決まる。
絳攸と楸瑛を含む進士達は、この後吏部にて吏部尚書から辞令を受け取ることになっていた。
長いようで短いようで、辛かったけれど得るものも多かった見習い期間を終え、やっと官吏としての一歩を踏み出すのである。
−あの方の力に、やっとなれる。
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