花暦
□睦月
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「ああ…、夜明けだね」
楸瑛の呟きに劉輝と絳攸は書翰から視線を上げた。気付けば半蔀からは僅かに光が差し込み、朝の訪れと、新たな年の始まりを告げている。
「結局、今夜も貫徹してしまったのだ〜」
「こんな状態で年越しだなんて、なかなか貴重な経験ですよね…」
「なにが貴重だ。そもそもお前達がくだらない武術仕合などするからこんな羽目になったんだろうが!巻き込まれた俺の身にもなれ」
目の下にありありと隈を浮かべた絳攸に横目で睨みつけられて、二人は口をつぐむしかない。
年末、当代きっての色男・櫂瑜の恋愛指南を受けることが出来る権利をかけて繰り広げられた武術仕合という名の無差別乱闘戦。朝廷中を巻き込んだそれは盛況の内に幕を閉じた。
…膨大な苦情とそれに係る残務処理を残して…。
おかげで三人は三日三晩ほぼ徹夜状態で年明けを迎えてしまったのである。
「ま、まあ、でもやっと片付いたね」
「ひ、久しぶりに寝れるのだ〜」
「ふざけるな馬鹿王!これから朝賀だ、寝ている暇なんてあるか!」
場を紛らわそうとした発言がかえって薮蛇だった。絳攸に怒られて、劉輝はますます縮こまる。
なんだか三人の会話の順序が決まってきたな、と他人事のように楸瑛は内心呟くと、窓を開けて空気を変えようと半蔀を一気に上げた。すると−。
「…うわ…」
次の瞬間、そこに広がった美しい景色に、楸瑛は思わず感嘆の声を漏らした。
彩雲ー。
朝日に照らされて色とりどりに彩られ、たなびく雲が昊一面に広がっていた。それはまるで、九彩江に勝るとも劣らぬ桃源郷のような風景。
「主上、絳攸、見てご覧」
二人を窓辺に呼び、三人でそれを臨む。
「わ、綺麗なのだー!」
「これは…見事だな」
「この国の始まりに相応しい夜明けですよね」
彩雲国。正にその名と同じく素晴らしい風景。
三人はしばらく無言で眼前の昊に魅入っていた。
そして、しばらくして劉輝がぽつりと呟く。
「…楸瑛」
「はい?」
「絳攸」
「なんだ」
「今年も、よろしくなのだ」
その言葉には切なさと愛しさが溢れていて。
「「言われずとも」」
でも、二人はまだ気付かない。
主上のその真の想いも、周囲の思惑も、自らの命運でさえ−。
だから、間髪入れずに言葉を返した。心の底から嘘偽りない忠誠の言葉を、年下の王へと捧げるのだった。
『彩雲』
* * *
原作に三人で年越しして朝日を見たとあったので。きっと劉輝はこの時から一年後の状態を心のどこかで予測していたのかもしれない。