切花
□宣戦布告Mislead
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(−くそ!!)
憤り余って拳を扉に打ちつけたいくらいだったが、絳攸の手前そうはいかない。
「?楸瑛行くぞ」
「…うん」
怒りを鎮めるためにやる場のない拳をひたすら握り締める。生温かい感触を手に感じた。多分、血が滲んでいるのだろう。
「そういえば楊修さまと話してみてどうだった?素晴らしい方だろう」
そんな気持ちを知る由もなく、絳攸は楊修への尊敬の念を込めて楸瑛に同意を求めて来る。
「……そうだね」
楸瑛は熱っぽい絳攸の眼差しを横目で見ながら苦々しく思う。
(素晴らしく強敵だ)
絳攸を想い続ける前にそびえ立つ障壁は紅黎深と藍家だけだと思っていた。
−まさか、あんな手強い伏兵が潜んでいたとは。
(受けて立とうじゃないか)
彼の宣戦布告を思い出す。
確かに現段階では勝ち目はないかもしれない。しかし、その勝ち目がないところに勝機があるのではないかと楸瑛は気付く。
(彼は、絳攸を思うがゆえに、その想いを抑制している…)
自覚があるのかどうかはわからない。
しかし、楸瑛が感じた違和感。
彼は絳攸に対し自分と同じ想いを抱いているにも関わらず、絳攸にはどちらかというと紅黎深に似た愛情を向けているのだ。
そして多分、絳攸が彼に抱く感情も同じ。
楸瑛は口の端を僅かに上げて笑う。
(今に見ていろ)
楸瑛は新たな宿敵の顔を脳裏に思い浮かべる。
自分に本性を見せて牽制したのが徒となっただろう。その余裕ぶった顔をいつか歪ませてみせる。
その立ち位置にいたことを後悔させてやるー。
(決して、私は絳攸から離れない)
楸瑛は心に固く誓うと、やや後ろに歩く絳攸の手を、握り締めていた方とは反対の手で取り、そっと繋いだ。
藍州から、『司馬迅、父殺害、投獄』の報せが届き、帰郷せざるを得なくなるのはこの暫く後のことである。
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