切花
□宣戦布告Mislead
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「たったこれだけのことで心乱されるとは、君も大したことないな」
心の内を見透かすかのように楊州に動揺を指摘され、楸瑛は無言で睨みつける。しかし、楊州は平然とその視線を受け止めると、更に言葉を重ねていく。
「そんなていたらくで、これから先、あの子の手をとって共に歩いて行けるのか?」
「……!」
『あの子』
それが絳攸のことを差していることは明白だった。
楊修がゆっくりと楸瑛に近付く。
「君の安らぎのためだけにあの子を必要としているのなら、その手を離してくれないか」
「…なっ!」
「汚れた想いでも綺麗な想いでも中途半端なものなら不要だ」
至近距離で見下ろされて、告げられたのは勧告とも言うべき言葉。
氷点下まで下がっていた空気は一気に沸点へと駆け昇り、楸瑛は憤り余って思わず怒りを露わにする。
「貴方に何の権利があって、そんな!」
「権利?何の権利もないさ。私も、勿論、君にもね」
激昂して詰め寄る楸瑛に対し、楊修はあくまでも冷ややかだ。
そして一拍置いて、宣言する。
「だがあの子を誰よりも想っている。あの紅黎深より、ましてや君よりは遥かに、ね」
「………!!」
(黎深殿よりも…だと!?)
その瞬間、怒りより驚愕の方が勝り、楸瑛は瞠目して息を呑む。
紅黎深−。
絳攸の養い親であり、彼にとっての世界の中心。
絳攸が紅黎深を慕っていることは誰しも知るところであるが、あの傍若無人、唯我独尊の彼もまた、養い子を溺愛しているということを知る者は少ない。正直、楸瑛も初めはなんて酷い人物だと辟易したクチだ。しかしながら、彼の絳攸に注ぐ不器用ながらも深い愛情を肌身に実感してからは、正直、敵うと思った試しはない。
だから。
だから、紅黎深の次でいいから、絳攸の一番になりたいと思ってきてしまった。
−甘んじたのだ。
しかし、今、自分を見定めるように見据えてくるこの人物は、紅黎深よりも自分が勝ると言ってのけた。
「私なら誰よりもあの子のことを理解し、あの子にとっての最善の道へと導く自信がある」
その眸に迷いはない。
自分のように、揺れてはいない。
この男は自分の立ち位置をとうに決め、私情を入れず、絳攸の為になることだけを考えて為すべきことを為すことを覚悟している−。
それを理解した瞬間、楸瑛は不本意ながら敗北をも悟ってしまい、唇を噛み締める。
これは、彼の、宣戦布告だ。
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