切花

□宣戦布告Mislead
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「恐らくもう帰って来ると思いますから、その辺に掛けてお待ちなさい」

通されて入った吏部には珍しく人はおらず、静寂だけが二人を出迎えた。

楸瑛は自分を引き留めた楊修の意図を計りかねて、訝しげにその背中を見詰める。
果たして単なる親切心か、それとも−。

「私の背中に何か付いてますか?」

楸瑛の視線に気付いて楊修が背中越しに振り返る。
先程といい、今といい、「出来る」のは仕事だけではないようだと、楸瑛はますます警戒を深めていく。

「いえ…。貴方が楊官吏ですよね?お話は絳攸からかねがね伺っております。素晴らしい先輩官吏だと」

精一杯笑顔の仮面を維持しながら美辞麗句を並び立てる。
すると、楊修も極上の笑みをもって応酬してきた。

「私も君のことはよく知っていますよ藍楸瑛くん。絳攸の同期で傍眼及第した才子。−そして、藍家の直系四男で、当主が朝廷に何年かぶりかに寄越した一手だと、ね」


一気に場が凍り付く。


「……絳攸が?」

そう言っていたのか?、と暗に尋ねる。その表情には既に先程までの笑みはない。

「いえ。絳攸から君のことは何も聞いていません」

対して楊修は笑みを浮かべたままである。しかしそれは楸瑛の様子を嘲笑うかのように酷薄だ。


『何も』


楊修の返事は楸瑛に安堵をもたらすと同時に、得体の知れない焦燥感を煽り立てた。

絳攸は自分を「藍家」の者として見ない。それが彼に惹かれたきっかけでもあり、傍に居て安らぐ理由でもある。だから、楊修が言うようなことを絳攸が言うことは決して有り得ない。

しかし、それが楸瑛を寂しくさせる理由でもある。

例えば今、藍州からの三兄からの手紙について、自分がいかに葛藤していても絳攸には話せない。
誰より理解して貰いたい相手なのに、理解して貰いたくない。そんな相反する想いがずっと胸の内にあった。


最近の苛々の根底もそこにある。


それを、楊修のたった一言で全て暴かれてしまった。
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