切花
□宣戦布告Mislead
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『そういえば楊修様がな…』
正直、驚いた。
絳攸が特定の人間を話題に出すなんて紅黎深とその奥方と兄くらいだと思っていたのに。
「楊修」についての話題は一年程前から日毎に増えていき、今では「楊修」についていやがおうでも詳しくなってしまった。
まず、吏部の先輩官吏であること。
あの紅黎深と対等に渡り合える程のやり手であること。
絳攸の指導官であること。
そして、絳攸の実力を初めから認め、伸ばし、可愛がっている人物であること−。
進士及第以来、絳攸の周りに味方となりえる人物は少なかった。だからこそ、彼のような存在は喜ぶべきであることは楸瑛もよくわかっている。解っているけれども。
(しかし、あの懐きようはなんだ!?)
そう、あの養い親への態度にも勝るとも劣らない。
紅黎深以外に、あんな憧憬と尊敬と愛情の眼差しを向けるなんて…。
『楊修』。かなり多忙な人物のせいかなかなか会う機会はなかったが、それがかえって自分の焦りを煽っている。
要注意人物だ。
そうこう思いを巡らせている内に、楸瑛は目的の場所へと辿り着いた。
時刻はもうとっくに業務終了の定刻を過ぎている。絳攸は帰れるだろうか。
通い馴れた吏部の扉を開けようとした、その時。
「絳攸ならいませんよ」
「!?」
突如、背後から声を掛けられて、楸瑛は驚き振り返る。
−そこには、見たことのない官吏が立っていた。
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