押花

□宴の夜
2ページ/6ページ

「あ、絳攸様、お注ぎいたします」
 絳攸の隣には珀明が陣取って、甲斐甲斐しくお酌をしてくる。
「ああ、頼む」
 仕事が(一応)終わった後の吏部で、新年会と銘打った飲み会は始まった。
(しかし、完全にただの飲み会、だな)
 しかも、大分酒の回りが速いようである。
「おい、珀坊、こっち酒が足んねえぞっ」
「あ、はいっ」
 一番下っ端の珀明は、先輩にあたる他の官吏たちの使いっ走りもさせられて、なかなか飲みに専念できそうにないが。
「俺のことは気にしなくていいぞ」
「……はい」
 珀明は、少し名残惜しそうに立ち上がると、呼ばれた方へと酒を運んで行った。珀明が去って、絳攸の隣が空いた、かと思うと、すかさず他の吏部官吏が、そこに座る。
「侍郎、杯が進んでないんじゃないですか?」
 そう言って酌をしようとするが、絳攸の杯は先ほど珀明に注がれたばかりで、全く減ってはいなかった。
「いや、十分、もらっている」
「そうやって、涼しい顔して、飲みが足りてねえですよ」
 だいたいいつもそうやって澄ました顔して。部下からの酒が飲めないっていうんですか、と絡まれる。完全に酔いが回っている。絳攸は仕方なく杯を空けた。
 空いた杯にすかさず酒が注がれる。
「李侍郎、次は俺が注ぎますからね」
 いつの間にかもう片側にも、酌する気満々の官吏が座って、絳攸の杯が空くのを待っていた。
「あ、ずりいぞ、てめえら。李侍郎、その次は俺から!」
 何故か、絳攸の周りに官吏が密集しつつあった。日頃の言動からは、彼らがこんなに上司に対しての礼に厚い人物ばかりとは到底思えなかったのだが。
「せ、先輩方っ、絳攸様へのお酌は、この私がっ」
 少し離れたところから、珀明が声を上げるが、
「うるせえっ、下っ端は使いっ走りしてろっ!」
 すげなく却下されて、珀明はがっくりと項垂れた。
 さあ、さあ、と周りの官吏たちの目が絳攸に杯を開けろと迫ってくる。
 多分、一度空けたら次、またその次、と酒が注がれるに違いない。
「――そ、そんなに飲めるかっ!!」
 絳攸は全力で拒否した。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ