静寂な森。聞こえるのは夜の闇に蠢く生き物の音のみ。
そして闇夜に輝く妖しい光を放つ朱の月。
――腹の中が疼いてるってばよ。
――はっ…化け物が…。
「…クス…つまりはオレか」
「何が?」
他人がいたことに驚きつつ、素早くクナイを構えて振り向く。
しかしそこに居たのは良く見知った人。
背が高くスラッと伸びた手足、顔の殆どを隠した銀色の髪が眩しい男。
「何だ、カカシ先生か…。びっくりしたってば」
「いつも言ってるでしょ、気配を感じなさいって」
だって、とナルトは唇を尖らせ不満そうな顔をする。カカシはクスクスと微笑った。
「ところでナルトはこんな所でこんな時間に何してんの?」
カカシの言う通りナルトの居る場所は人里から離れた森の中。その中でも一際大きい木の上に腰掛けていた。そして、子供が外出するような時間は疾うに過ぎている。
「ん…。月が朱いから散歩」
「ふぅん?」
「先生は?」
「任務帰りだよ」
「そっか。お疲れ様」
カカシはナルトの横に腰掛け、月を見上げた。ナルトもそれにならう。
沈黙が落ちる。
暫くしてナルトが口を開いた。
「…ね、カカシ先生はさ、例えば欲しいモノがあって、けどそれは諦めなきゃいけない時はどうする?」
カカシは訝し気な顔をナルトに向けた。
「諦めないといけないの?」
「…うん」
ナルトは月を見上げたまま頷く。その顔は哀愁を帯びている。
「う〜ん。……諦めないよ…」
「え?だから諦めなきゃ…いけないんだってば」
ナルトはカカシに困惑した面持ちを向けた。
「ん、だから、ほんとに欲しいものは諦めない。きっと諦めきれない。
オレだったら何をしてでも手に入れる。絶対…」
「……そっかぁ」
――欲しいモノはただ一つ。
けれど…
「でも、先生。手に入れることは出来ないんだってば…。どんなに頑張っても…」
――オレの存在は罪だから…
「ナルト…」
――何かを望むなんて許されない。
「オレが望むのは銀色の月。手を伸ばしても届かないってばよ。今日は朱いから…尚更」
朱い月に向かって手を伸ばし、にししっと邪気のない笑顔をカカシに見せる。
――まして里の宝である貴方を…
「ははっ。月…か。全く、オマエには驚かされる」
――望むことは許されない。
「さて、と。帰ろっか」
送るよ、とカカシは手を差し出す。ナルトは一瞬躊躇したが、笑みを返して手を取った。
「うん。ありがとってば」
月に照らされ繋がる二つの影。
「明日、寝坊して遅刻するなよ」
「遅刻するのは先生だってば!!」
影は森の闇に溶けていった。
朱の月。
禍禍しい色。
オレのナカが暴れ出す。
きっと、いつか現れるだろう化け物。
その時は貴方がオレを殺してくれるのでしょう?
オレの最期を貴方と過ごせるなんて――。
最期に貴方を眼に映し、最期に貴方の声を聴けたら何と幸せだろう――。
貴方だけを想って死ぬことができたら…。
ああ、それは何と夢のような甘美な話。
――オレが望むのは銀色の光。
――決して、オレのモノにはならない銀。
今夜は朱が邪魔して貴方に会えない。
けれど、今夜は貴方に会えた。
20080211