*キリ番天使様への捧げもの*

□『零れていく大切な物』
2ページ/6ページ


「少し乱暴だが……非常事態だ。開けるぞ。エドワード」

マスタングが声を掛け、す、と手を構えたとき、部屋の中から転がり物を倒しながらこちらに駆け寄ってくる気配。

「……エド…?」
「開けんな……」
「エドワード、どうしたんだ?アルフォンスが心配している。…私でも、駄目かい…」
「………」

ふ、と言葉が聞こえなくなりエドワードがドアから離れる様子がわかり、マスタングは安堵して鍵穴に焦点を絞って軽くバシュ、と鋭い焔を走らせた。
ガチャ、と、こちらが開ける前に中からドアが開いた。

「兄さん!」
「アル…、大佐に任せろ、な?」
「……っっ」

アルフォンスはぐぐ、ときつく口を閉じた。
不安と緊張。
ハボックはその強張って小刻みに震えているアルフォンスにこれ以上掛けてやる言葉が見つからなくてそっと抱きかかえる腕に力を入れた。今はこうして誰かに触れているというだけでも不安は必要以上に大きくならないかもしれない。
ふと触れたハボックの手に、一瞬ビクッとアルフォンスが怯えた視線を向けてきたがハボックが穏やかに頷いてやると涙を堪えるようにハボックの手をぎゅう、と握った。






アルフォンスとエドワードが自分たちの体を取り戻してから数ヶ月が経つ。
マスタングも昇進の時期が来る。
やがて准将となる予定でいた。
しばらくはエドワードもアルフォンスもリゼンブールで休暇を過ごしていた。
しかし、それから間もなく、エドワードの様子がおかしいとアルフォンスからマスタングに連絡が入っていた。
感情の起伏が激しくて、それは元々の性格だろうと最初はみな気にも留めていなかったのだが、どうもそれとは違うところがあった。沈んだ気分から抜け出せない時期が長く続くと、急に部屋から大きな物音が響いた。エドワードはよろけて箪笥を倒したんだ、花瓶を割ったんだ、と言っていたが、アルフォンスには妙な胸騒ぎがしてならなかった。
もしかして何かしらの後遺症があるのではないかと、今はセントラルにいるマスタングに相談が入ったのだ。
本当ならエドワードを自宅に置いて様子を見たいと思っていたマスタングなのだが、アルフォンスも一緒に来るというので宿を取っていた。

「……入るよ」
「………」

返事のないまま、マスタングはエドワードたちの部屋へと足を踏み入れた。

「………」

部屋を見渡した瞬間、マスタングはにドキリとして立ち尽くした。
足の踏み場もない程の本と、どこがベッドなのかわからないシーツや毛布、枕の中身の散乱。カーテンはレールごと引き倒したのかビリビリに破れレールが真中辺りから折れている。窓だけは防犯硝子を嵌めさせて置いたから機械鎧でなくなった腕では叩き割ることは出来なかったのだろうが、何度も殴りつけた後が幾つものヒビとなっていた。机も椅子も本の散らばる床に倒され、無残に引きちぎられた本のページがそこら中雪のように積もり、本当にどこにも避けて歩けるところがなかった。

「エドワード…?」

その毛布の上にすとんと座り込んでいるエドワードは、トレードマークの三つ編みを下ろし、シャツ一枚を羽織った姿でマスタングに背を向けていた。
そのシャツもところどころ破れ、しわだらけだ。

「……」

ふと視界に入った白い錠剤の散らばりに、マスタングはビク、とした。
その錠剤も床に敷き詰められたシーツや毛布や本の間にバラバラと撒かれていて、大きな薬瓶が窓から入る日の光を浴びて割れた先端を光らせている。
ひとつ拾い上げ、刻印されている薬のマークを確認し、マスタングはそれをぐ、と手の中に握り締めた。

「エド……」
「もう…どうしたらいいのか、…わかんねー……」

エドワードは、かし、とその錠剤を半分歯で割って噛み砕き、ぺろりと指を舐める。
声を掛けたことに答えるようではないエドワードの言葉はただの独り言のようだった。
マスタングはゆっくり、足元に注意をしながらエドワードの側まで歩み寄る。
見下ろしたエドワードの手足にはこの部屋の割れた瓶や花瓶や、窓を叩き割ろうとした時にできたのだろう切り傷が無数に見えた。素足でぺったりと座り込むエドワードはどこを見ているのかもわからない視線を浮かせて、殴りつけられ歪んだ窓から入る日差しの乱反射を眩しそうにしていた。
マスタングはくしゃ、とエドワードの髪に手を置いて注意を向けさせようとするがエドワードはまったく反応しない。まるでマスタングが入ってきてからもずっと、一人でこの部屋に居るかのように。
残りの錠剤を菓子でも食べるように舌に乗せガリガリとそしゃくする。

「エドワード…私だよ、大丈夫かい?」
「……何にも……」
「ん…?」

やはりエドワードの言葉はマスタングに向けられているものではない。
ちく、とマスタングの胸に小さな針が刺さるような痛みが疼く。
何があったというのか。
こんなに側においていたのに。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ