『ひっ越し後』

□『お伽話』
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「ぅあ………っっ」
「ん?」

慌てて後退ろうとするエドワードを片手で捕まえ、マスタングは眉を上げた。

「み、みんなは……!?」
「ああ、とっくに会場に行ってしまったよ」
「会…場?」

目を丸くして状況が掴めないでいるエドワードにマスタングが窓を指差す。
背中を押され、エドワードは促されて窓まで行って外を見るとどれ程この軍部に人が溢れているのかというくらいにたくさんの人々が訓練場に集まって来ていた。

「まぁ街の祭も兼ねているからね。市民もだいぶ混じっているよ」

だから大騒ぎなのだとエドワードの後ろから外を眺めるマスタングが穏やかに笑う。
軍と市民の交流を兼ねた豊作祈願のお祭と言った具合のもので、様々に仮装した姿はいわゆるハロウィンに近いものかもしれない。

「ふーん……」

窓に両手をついて賑やかになっていく訓練場に知った顔を探すエドワードは、しばらくしてアルフォンスを見つけ、その近くにハボックやブレダを見つけた。そしてホークアイの姿を目にしたとたん、きゅ、と手を握り締めた。

「鋼の……?」

マスタングはその気配に気付いて声を掛けた。
視線の先にはエドワードにこの格好をさせた我が副官がピッタリとした、シルクだろう美しい柄のチャイナドレスを身にまとっている。

「…………」

彼女を恨めしそうに見やるには十分な理由があるが、エドワードが俯いてしまう訳がわからなかった。

「中尉はやはり麗しいな?」
「……あ?うん……」
「………?」

マスタングは言葉少なに俯きかげんで外を見つめるエドワードを後ろから両腕で抱え込む。
ビクッとエドワードが肩を揺らすが抵抗はされないらしい。
いつもは一本の三つ編みが二本になってリボンまで括られているのがおかしいような愛らしいような、マスタングはゆっくりと腕に力を入れて逃げ場を奪っていく。

エドワードは何となく訳のわからない切なさに口元を軽く歪めて窓に額を押し付けた。

「どうかしたのか?」
「…………ああゆうのが、いいのか?」
「?ああいうの、とは…どういうのだ?」

あれ、とエドワードが窓越しに指をさすのをマスタングは不思議そうに追った。
その先には先ほどのホークアイの姿。

パチパチと瞬きをしてマスタングはぽかんと口を開けてエドワードを見下ろす。
言っている意味が全くわからない。
中尉みたいなのがいいのかと聞かれても答えようがない。

「は……?」

彼女が軍の中でも、自分の知り得る女性の中でも上位に入る美貌とスタイルの持ち主だと、それはわかっているが、だからと言って彼女をそういう目で見た事もなければ今現在愛しい恋人を腕にとらまえている自分に聞く事か。

「だから……ッ」

ち、とエドワードが舌打ちをして指でガンガンと窓を叩く。

「あーゆーむっちりな腿が、好きなのかって聞いてんだよ!!」
「む……」

思ってもいなかった表現にマスタングがむぐ、と吹き出すのを堪えてエドワードのつむじにぽす、と顔を埋めた。
くっくっくっと肩を揺らすマスタングにエドワードがムカッと頭に血を上らせて三つ編みのおさげをぶん、と揺らしてマスタングに向き直る。
マスタングは口を押さえて笑みに崩れた顔でエドワードを上目遣いに見た。

いったい、何を吹き込まれたのやら。
どうせまたハボックかブレダあたりが要らぬ事を口走ったに違いない。それを真に受けるところがエドワードらしいのだが、妬きもちを妬いて拗ねているのが見え見えだ。

こんなに自分を喜ばせてどうするのだろう。

「大佐はタイトのミニスカートにスリットが良いんだろ!!」
「タイト……ミニ、スリット……」

ああ、まぁ……男のロマンには違いないが。

くす、とマスタングが笑って瞳を細め、少しだけ困ったようにエドワードの三つ編みを摘んで揺らした。

「そうだな………」
「〜〜〜〜〜ッ」

エドワードがぴく、と片眉を上げて目を三角に吊り上げ口を開いた。
ぴた、とその唇にエドワードのリボン付きの髪の房を当て、マスタングは首を傾げてにや、と口の端を上げた。

「しかしながら今は、目の前の可愛らしい赤ずきんを食べてしまいたいんだが………どうかね?」
「―――――ぃっっ」

ちらりと流れてくるマスタングの漆黒の視線にエドワードがガタ、と窓に後退る。

狼。

真っ黒の。

そう、赤ずきんは真っ黒な悪い狼に食べられてしまうのです。

エドワードはそんなお伽話のフレーズを思い出して目の前の黒髪の恋人を見上げた。
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