『ひっ越し後』
□『猫のきまぐれ』…08/2/13
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「ほら、開けて」
「ん―…」
「なんだ?」
今度は扉を手で押さえてエドワードがむう、と口元を曲げる。
マスタングにはちょっと、嫌な予感。
「やっぱ、…やめた」
パタン
「お…い」
目の前でバスルームの扉が閉まった。
マスタングが伸ばし掛けた手をとめて、呆気に取られる。
「〜〜〜ッ」
またお湯の流出す音に、マスタングは顔をしかめて拳をググッと握ってふ、と笑った。
なんだ、このまぬけな状態は。
イライラしながら素早く袖と裾を元に戻し、シャンプーを勢いよく扉の前にドン、と置いた。
「…まったく、大人をからかうんじゃない…っ」
* * *
「……」
バスタブで、機械鎧の手足を湯から上げた状態でつかりながらエドワードは去って行くマスタングの影を横目で見ていた。
「…ん―…」
天井を仰いでうなり、両手で顔の湯を拭う。
自分でからかってみたものの、マスタングが袖をまくり出した時はかなり焦った。
まぁ、言ったら色んなクリームやら何やらまた塗りたくって楽しまれるのがオチ、とわかっていたのだが。
「……」
なんでだろう。
エドワードは、今日の自分の行動の中心にある気持ちが自分で捉え切れずにいた。
「……」
アルフォンスと待ち合わせた場所が悪かったのか、待ちぼうけをくらって宿に連絡をしてアルフォンスからの電話があったと告げられ、安否の確認が取れたとたん、雨がものすごい勢いで降って来た。
何かしたかよ、と叫びたいくらいの土砂降りで、エドワードは電話口で思わず近くのマスタングの家に避難するから、と伝言してしまった。
ドアを開けた時のマスタングの顔は、鳩に豆鉄砲くらいに驚いていた。
だから、込み上げて来る気恥ずかしさに顔が赤くなり帰ろうとして、襟首を掴まれてしまった。
「…んん―…」
その時すでに、掴まれたコートと同じくらいに心臓が高く鳴った。
あっという間にバスルームに押し込まれてしまったから、あとはイロイロ口実を付けて呼んでみていた。
それだって。
何でそんな事をするのか自分でもわからない。
バスルームを覗くマスタングの表情は特に普段と変わらなかった。
曲がりなりにも恋人がシャワーを浴びているというのに、眉一つ動かさないで子どもの世話でもしているようだった。
だから、まぁつい、からかったというか、カマを掛けたというか。
それでもマスタングは仕方ないな、という表情なだけで、喜ぶとかはない。
「…んだよ、いつもはエロおやじなくせしてな」
湯の中にブクブク、と深く浸かりながらエドワードは口を尖らせた。
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