『ひっ越し後』

□『猫のきまぐれ』…08/2/13
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「…大佐〜。たーいぃさぁーっ」

バスルームからエドワードの甘えたような、でもちょっと苛ついたような声が響き、マスタングは読んでいた本から顔を上げる。

「…まったく…」

それほど厚みのない本を持上げ、口元にとん、と押し当ててため息をつく。

「…今度はなんだ、…鋼の」

突然休日に押しかけて来たかと思えば、いきなり降られた雨でびっしょりになって不機嫌なエドワードを、マスタングは無理矢理、まずはバスルームに押し込んだ。
風邪をひかれては困る。
どうやらアルフォンスと外出してはぐれた挙句の通り雨だったらしく、マスタングがドアを開けた時は来たくて来たわけじゃない、を連発しながらなかなか部屋に入ろうとしなかった。

とにかく、近かったからだ、と強調するエドワードに、呆れながらも突然の訪問を喜ばないわけがないマスタングは今にも回れ右をしそうなエドワードの襟首を掴んで部屋に上げた。

「大佐ってばー!」

マスタングがなかなか返事をしないのにはわけがある。

先ほどからエドワードはあれがないこれがないと言っては自分をバスルームまで呼び付けてはわずかに開けた扉のすき間からそれらを受け取るだけで、襲われるんじゃないかという警戒心丸出しだった。

「…そんなに信用がないか。自分から呼んでおいて…」

少しすねたい気分だった。

まぁ、期待がないわけではない。

それに。

「大佐〜大佐〜なぁなぁってばぁ」

なんだろう、あの甘ったれた態度は。

扉の前まで行くとふいっと態度を変えるくせに、こちらが行くまではああして甘えた声を出して期待を持たせる。

「大佐?」

とうとう扉を開けてエドワードが顔を出す。
あまりに答えない相手がそこに居ないのかしら、と不安になったエドワードがリビングの様子を探る。

なんだ、居んじゃん。

「…シャンプーないぜ」

マスタングはため息で答えて腰を上げた。
棚から新しいシャンプーを取り出すと、また扉のすき間から伸ばされるだろう手にそれをかざす。

「ほら」
「…」

ちら、とエドワードがそのすき間からこちらを見上げている。

「…?」

手を伸ばさないエドワードに、マスタングは怪訝な顔をして一歩近寄って扉のすき間にシャンプーを入れて取りやすいようにしてやる。

「ほら、シャンプーだろう?」
「た、い、さ」
「なんだ?」

伸びて来たエドワードの手はシャンプーではなく、マスタングの袖を掴む。
一瞬、意図が掴めずマスタングが眉を寄せる。

「…なぁ…洗って?頭」
「…は?」

思いもよらないエドワードの言葉に、マスタングは開いた口がふさがらなくなって。

「いーじゃん。頭洗って」
「…かまわないが…」
「全部」
「ん?」
「俺のこと、全部洗ってよ」
「…なん…」

雨に濡れていた髪は温かい湯で濡れ、扉のすき間から見えるエドワードの表情は、湯気で軽く上気してからかうような色をしていた。

マスタングは、眉をひそめてしばらくシャンプーを差し出したまま黙り込む。

エドワードが扉から腕を伸ばし掴んだ袖を引き寄せてマスタングの手を取る。

「少し待ちなさい」
「…」

軽くその手を払って、マスタングはシャンプーを足元に置くと両袖をまくる。
ズボンの裾を上げながら、エドワードがいったい何を考えているのかまだ分からなかった。





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