『ひっ越し後』

□『軍服―昼』
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「…なんだね」

マスタングはこちらを見つめているエドワードに肩越しに声を掛ける。
彼がこんなふうに自分をしげしげと眺めていることは滅多にないので、少しの期待と、またヘコむようななじりを言われるのでないかという警戒心とで、言葉は刺をもってしまう。

「や、なんか、大佐の正装って見る機会あんまねぇじゃん?」
「…ん、そういうことか」

上着を脱ごうとしていた手を止めて、マスタングはふ、と笑った。

「…君は私の軍服姿が好きだろう」
「は??」

言われた事にエドワードが思い切りな疑問符を投げた。
マスタングは上着を脱ぐのを止め、執務室の自分のイスにどっかりと座って机に足を投げ出しているエドワードの所まで歩み寄る。
そして机に片手を付くと軽く口を開けてこちらを見上げているエドワードを覗き込んだ。

「鋼の…」
「ん?」

エドワードの瞳はマスタングを見上げるときにいつも一際大きくなる。
それは幼さを見せると同時に、少しの切なさを含んでいて、マスタングの気持ちを引きつけて止まない。
同じ目線で話してやることもできるのだが、それではこの楽しみを堪能できないから、たいていは一度こうやって見上げさせてしまう。

「…」
「何」

吸い込まれそうになってしまったマスタングが、エドワードの怪訝な声で、あ、と我に返った。

「いや?」

幼さは時々、マスタングをどうにもならないほどの不安で縛る。

もう少し、お互いの関係を待った方が良かったのではないか。
せめて、彼の願いが叶うまで。

何年かかるかわからない難問に絶え切れずその手を引き寄せてしまった自分は、どうしようもなく悪い大人の見本でしかなかった。

「…ま、軍服が一番似合ってっからな」

言葉を続けないマスタングに、エドワードは手を頭の後ろに組んで大きく伸びをする。

「どういう事だ」

マスタングはあまり褒め言葉には聞こえない言い方に、ひく、と眉を引きつらせる。

「あ?だって私服とか、なんかピンと来ないじゃん」
「〜。外出する時は私服ではないか」

体を起こしてマスタングが不満そうに両手を腰を当てる。
恋人とのデートなのだから、気を使っているつもりなのだが、エドワードはいつも一瞥のみで、何のコメントもない。

『軍服もステキだけど、自分だけのためにおしゃれしてくれて嬉しい』

とか言ってくれたのは過去の恋人達。
軍服を好む女性も多いが、自分のためにだけ、というコトが独占欲を満足させたのだろう。

「んー…。私服だと大佐って感じがしなくてなぁ」
「じゃあ」
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