*キリ番天使様への捧げもの*

□『蓑虫の恋』6/7
1ページ/10ページ



人間、不意打ちとは卑怯なり…と思いつつも、ハマる。







* * * * * * * * * * * *



「っあー!何故こう、すぐ書類は溜まるんだ!!」

マスタングがキーッと怒りを発しながらドサリと椅子に体を投げ出す。
勢いで飛ばされた書類が数枚、宙を舞って床へと落ちた。

「…………」
「…………」

誰もが、それはあんた自身のせいでしょ!?と思いながら理不尽な怒りの矛先を向けられぬようにサッと視線を机に向けた。
とにかく、今は目を合わせないコトだ。どんな無理難題を吹っ掛けられるか知れない。
どこ吹く風を決めていられるのは、ホークアイ一人のみ。
威圧するようなマスタングの苛つきが部屋中に蔓延し、息が詰まりそうだ。ペンの一つも落としたらあっという間にマスタングの嫌味が降り注ぐに違いない。

時々、平穏な生活を送りたいなら、出世云々考えないなら尚更、出来が悪くてもお世辞を言っておけばどうにでもなるおバカ上司に付きたくなる。
マスタングと一緒に居たら、絶対、大きなとばっちりを受ける。
正しく、ハイリスクハイリターンな気がしてならない。

と、フュリーとファルマンが首を縮め、ハボックやらブレダやらが互いを押しやってどうにかしろ、とやりやっている事、数分。
ホークアイが静かに立ち上がった。

「――――!?」

びくっと、一斉に目を向いて心臓がバクバク言い始める。
たとえホークアイに注意を受けて、今、マスタングがおとなしくなったとしても、その後の憂さ晴らしが数倍にもなってその他諸々な連中に襲いかかるのが目に見えているからで。
ごく、とハボックが渇いた喉に息を飲む。

「大佐」
「な、んだね」

カツ、と机の前に姿勢を正したホークアイが立ち、マスタングは一瞬微かにたじろいだ。

「本日、夕方頃にエルリック兄弟が東方司令部を訪れるとの連絡が入っておりますが…」
「鋼のが…?」
「はい。…あと3時間程でしょうか」

ちらりと時計に目をやるホークアイに、マスタングの表情が明らかに変わった。いや、驚いたには違いないが、目を見開いてしばし沈黙した後に、ふむ、と視線をそらし足を組み替えて、くるり椅子ごとホークアイに背を向けてしまった。
他、室の者はマスタングの苛つきが治まったのかどうなのか、ちらちらと必死に横目で動向をうかがう。
エドワードが顔を見せれば、マスタングのテンションは変な方向に上がってまた書類の処理は遅れるのは確かだが、ホークアイが優先順位をきっちりつけてあるはずだ。
今の段階であと3時間、と告げたのも、その時間でマスタングが処理出来る量を把握しているからだ。
ラストスパートをかけさせるつもりだろう。

「……2ヵ月ぶり、かな?中尉」
「はい。確かそのくらいかと」

くる、くる、と椅子を左右に揺らしてマスタングが、さも興味薄気な声を出しているが、確実にからかう算段を頭の中でしているのがわかる、のは、背を向けたマスタングの顔が見えないからで。

実際は、エドワードが、我が愛しの恋人が帰って来る、となったらマスタングの頭の中は回りが考えているのは真逆に、猛スピードで動いていた。

「…………」

ふむ、夕方と言う事は長く列車に揺られて来るに違いない。
足も腰も痛いだろうし、何より腹を空かせているはずだ。
長く司令部に留め置くよりも早々に夕飯か…。
あ、いや、渡す予定の資料があるからとサッサと家に連れて帰った方がいいのか?
久し振りにゆっくり風呂に入らせてやって、マッサージでもしてやるか。
腹ごなしをさせてしまうと勝手にソファで寝てしまいかねないな。
どうせ長く居るつもりは無いだろうからあの入浴剤を入れて泡風呂にして旅の垢を落としてやらねば…。
おぉ、そうか、疲れているから一緒に入らないと眠って湯に沈んでしまうかもしれん。
うちに来ると気が抜けて危なっかしいからな。
そこがまた可愛いのだよ、世話のやきがいのあるというか……。
っそうすると、夕飯はいつとらせたらいいんだ?
連れて行きたい店は幾つもあるが歩かせるのも可哀相だな。
ああ、そうか、ハボックに車を……。
いやいや、あいつが居たら鋼のは私に甘えられないではないか。
秘密な関係な上に照れ屋のツンデレと言うのは難しいからな。
気をつけんと機嫌を損ねてしまう。
まぁそれを察してやれる私だからこそ、あの子は、うむうむ。
しかし時には私だって…はともかく、だ。
っま、まとまらん!
うーむ、何から先にやったらエドワードに一番喜んでもらえるんだ。

「…………っ」

エドワードが帰って来たら、と考えていた計画を一斉に箱から取り出し、とっ散らかしてしまって、マスタングは違った意味で苛々し始めた。
ビキッと万年筆にヒビの入る音がして、ホークアイ以外の連中は同時にひっと悲鳴を噛み殺した。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ