『ひっ越し前』

□『つよがり』
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あいつは弱いんだ。



「まったく、強がりなんだなぁ」
「誰がだよ」

どっかりとソファに腰を下ろしているロイが腕を組んだ肩を大きく上下させるほど大げさにため息をついて見せた。

その表情には嘲笑が浮かんでいて、エドワードの気分をより逆なでした。


「あのなぁ、夜中にそれ言いに人の宿まで来たのか?もしかして」

ただでさえ明かりを消してベッドで今から眠ろうかとしていたところを起こされ、緊急の用かと思えば茶を出せ、菓子はないのかとソファに座って文句ばかり垂れているロイ・マスタング大佐の相手をするのは、エドワードでなくともそうそうカッカせずにできるものではなかった。


「俺ぁ眠いんだよね?今すぐあんたを叩き出したっていいんだぜ。なんなんだよ、なぁ」

論文を書くのに掻き毟った金髪の三つ編みを解いていたエドワードは、両手でガシガシと頭を掻いてわざとらしい大あくびをする。

「…眠っていたようには見えないが?」
「っ。眠るところだったんだよ!論文書いてても先進まねぇし、でも頭もやもやしってからそんな簡単に寝付けなくって、…さ」


ふっと力が抜けるように威嚇を緩めたエドワードに、ロイは微かに眉を上げて驚いた。

「意地っ張りというのだ、そういうのを。鋼の」

そんな表情を見せられ、二人の間に沈黙が流れるのを避けるようにロイがからかいの言葉を吐く。

「うっせんだよ…。俺はね、強いの」
「ああ、どうかな」
「あんたの方がよおっぽど強がりで意地っ張りだろうが」
「私は正真正銘、強いだろう?」


今度こそ心底驚いたかのようにロイはエドワードの顔を見やった。

「…寂しがりだろ」
「誰が」
「あんたが」
「それは鋼の、自分のこ…」
「あんただよ!」

グルン、と勢い良くこちらを向いたエドワードの瞳が、顔に掛かる金の髪の色よりも濃く、怒りとは違った強い感情をみせていた。

ロイは確かに沈黙すら拒んだ自分を思ってすぐに言葉を返せなくなる。

「…」

そしてロイがとりあえず何かを発しようと口元を動かした。
待つように、拒むように刺さるエドワードの視線はロイの感情を司るその個所を易々と貫く。風穴を開けられ見透かされる気分に、ロイはエドワードの瞳と合わせた視界を動かせずにいた。

深く座ったソファの座り心地が変わる。

ベッドに浅く座って足を組んだエドワードは半分身を乗り出したような体勢で両手をベッドに付いていた。そこからぴりぴりと伝わる硬質な緊張感。

「…まるでその手足のようだな」
「…?」

ロイの言葉にピクリと眉を動かして疑問を表す。

「その空気だよ。堅く誰も暖める事ができない空気」

お互いようやく視線を外し、それぞれ違う一点を見つめる。
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