『番外*花町』
□『番外コネタ 其の七』
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* * * * *
「な、なぁ…番頭さん」
エドワードは湯に浸かる前の薄着姿でそろそろと床を這って台帳を付けているヒューズの後ろから回り込んだ。
「んー?…ぉわ」
床に両手両膝をつけて尻尾を揺らしているエドワードに、ヒューズは一瞬目の前がチカチカした。
なんでそんな薄着でなんで赤い顔してその格好。
顔をそらして咳払いし、ヒューズは口元が引きつりそうになりながらちら、とエドワードを見た。
ロイはいつもこんなん抱えて寝てんのか。
よく我慢してんなぁ。
膝を擦って来たため、エドワードの寝着は膝辺りまでめくれていた。
「なんだ?」
「ううん、あのさぁ…」
緊張がよくわかる。耳が世話しなくぴこ、ぴこ、と動き、ヒューズと視線を合わせようとしない。
また、ロイの事なのだろう。
エドワードはわかりやすい。
「あの……風呂場で…」
「ん?」
言ったきり、エドワードが黙りこくった。
バクバクと心臓が脈をうち、エドワードは床に爪を立てる。
「風呂ぉ?」
ヒューズは風呂がどうかしたのかと不思議そうに眉を上げた。
「うんー…」
エドワードはどう聞いたらいいのか悩んで四つん這いのままうつむき爪を噛んだ。
「う…っ」
「へ?」
ヒューズの引きつった声にエドワードが顔を上げ、ヒューズはなおさらぴき、と固まった。
まったく自分の仕草に責任を持っていない様子のエドワードを叱咤するわけにもいかず、もうぐったり肩を落とした。
「あの。…どうやんの?」
「何が?」
台帳で熱くなった顔を扇ぎ、ヒューズは息を吐いた。
「雄…同士って、どうやん、の?」
「ーっぶっっ」
それか。
ヒューズが思い切り吹いて机に倒れた。
「ば、番頭さん…?」
「………」
ああ、と裏返った声でエドワードに答え、ヒューズはひくひくと降参の手を上げた。
「だ、だ、だって!!だって!!」
エドワードが真っ赤な顔でヒューズの着物をぐいぐいと引っ張る。
「……………お前ぇ…一応、郭にいたんだろがぁ…聞くなよ」
突っ伏したまま頭だけエドワードに向け、切れ切れに抗議する。
なんで元女郎に床のてほどきなんぞ。
というか、なんでいつも俺はこうおいしいところなしで諭し役なんだっつのよ。
「うー…あー…」
ヒューズはのろのろと体を起こし、店の奥へと消える。
「…………」
だって、ロイには聞けない。
「――!!」
思ったとたんにぼわっと体が熱くなりエドワードは一瞬体が浮くんじゃないかと思うほど全身に電気が走った。
尻尾が静電気にでも当てられたようにふわっふわに膨らんでいる。
エドワードからしたら、床の相手がなかったし、姐猫たちの話もほとんど聞いてはいなかった。自分には関係がないと思っていたから。
「………」
足を崩して座り、広がってしまった尾を撫でながらロイの顔を思い出す。
今夜で最後。
だから、もしかしたらそんな事もあったり、して、と思うとあらぬ醜態を晒すのではないかと居ても立ってもいられなくなってしまった。
で、やはり聞ける相手はヒューズしか、いなかった。
しばらくしてヒューズが幾冊かの絵草子と春画を手に持って戻って来た。
「ほれ…男同士はひとつしかねぇけど」
それは女中や番頭たちが貸本屋から借りたり買ったりした、色事指南の絵草子だった。
「う、ううん?何、どどどうなってんだよ、これ」
ペラペラ捲ってみてもエドワードにはまったく意味がわからない。
まず何だ、この男の股座から出ているものは。
それに女の開いた足の様子もまったく、何が描かれているのかわからない。
「そりゃお前にもついてんだろ」
「ええ!?んなでかいの!?旦那の…むぐっっ」
エドワードは慌てて手で口を押さえた。
ヒューズは別に相手が他にいねぇだろ、という顔で呆れて中から男同士の絵草子を引っ張りだして開き、バン、と叩いた。
エドワードはヒューズに顎で示され、恐る恐る視線を向けた。