『番外*花町』
□『番外コネタ 其の二』
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「てんめ!このやろ!!」
どん、と大きな音が階段の上から響いた。続いて若い男の悲鳴が店を揺らす。
「うわあ―!!」
店先で暖簾を潜ろうとしていたロイは何ごとかと目を見開いた。
立ち止まったロイにヒュ―ズがおっと、と足を止め、ひょいと横から中を覗いた。
「なんだ〜?おい」
「あ〜あ…」
「まただよ」
どん、どん、どか、と階段を転がり落ちる無残な男の姿に、回りは呆れた顔で手を貸す様子もない。
ロイは眉を上げて驚きに言葉が出ないまま突っ立っていると、ドカドカとけたたましい音をたて着物の裾を掴んだ姿でエドワ―ドが降りて来た。
合わせるように奥から恐ろしい表情のオリヴィエがアルフォンスを後ろに押しやりながら現われた。
「エドワ―ド……?」
「お、姐さん」
ロイは胸元が乱れているエドワ―ドがいきなり男の頭を素足でぐいと踏み付ける事に呆気に取られた。
「貴様…」
オリヴィエは階段から落ちて痛みに歪めた顔をエドワ―ドに踏みつけられている若い男を見下ろし、パイプをふん、と吹いて刀に手を掛けた。
「わ、悪かったって……!おりゃあつい、こいつの可愛い尾っぽが…」
「誘ったっつ―のかよ!?ああ!?」
犬歯が見えるほど大口を開いてエドワ―ドが男の顔を、爪を光らせた足先で蹴った。
「お、痛そうだなぁ…」
ヒュ―ズが身の事のように肩を竦めた。
オリヴィエはすい、と刀を鞘から抜き、男の鼻先に当てる。
ひ、と相手の男が短く声を上げて固まった。逃げようにもエドワ―ドに押さえられ、回りの刺すような視線を浴びて身動きが取れない。
「…ここは、酒の相手だけだと、言っておいたはずだ。お前の耳は、飾りか」
「――ぃっ」
パシ、とオリヴィエの刀の先が捉えられないほど素早く動いて男の耳を掠めた。耳たぶがぱっくりと口を開ける。
「許してくれよ…っっそんなつもりじゃ!」
「人の胸さぐっといてどんなつもりだって!?」
ロイがその言葉に、は、と顔を上げた。エドワ―ドは着物の乱れに肩が覗きそうなくらいで、押さえ付けられた男を哀れと思う気持ちが一気に消えた。
「っお前、獣だろ!?人惑してんのはそっちじゃ……っっ」
反論しようとした男は次の瞬間、悲鳴すらあげずにくわ、と目を見開いてのけ反った。
「…下衆が。物見遊山で来た輩にはこの手の者が多くて困る…」
男の額を刀を背にし一撃で突いたオリヴィエが舌打ちをしてぶん、と刀を振った。
開いた口が塞がらないでいるロイとヒュ―ズをちら、と見、オリヴィエは女中に軽く顎をしゃくった。
「どうした、マスタング。こいつも死にはせん。まぁ、下(しも)の方は使い物にならなくなるだろうがな」
ふう…と煙を吐いてオリヴィエがにやりと笑った。
女中が数人がかりで男を土間に引きずり、ロイとヒュ―ズを押し退けて玄関から掛け声とともに放り出した。
「いったい何を?」
「…悪さができぬよう、頭を突いてやったのだ」
「突かれただけで役に立たなくなんのかよ!?…おぉ、こわ…」
「肝さえ押さえれば、簡単な事だ」
ふん、とオリヴィエは鼻を鳴らし、階段のエドワ―ドに手を伸ばした。
「ほら、こちらに来い」
「ん―…」
ぶすくれた顔でエドワ―ドは階段を最後まで降りてオリヴィエの前まで来ると、今さら気付いたのか、ロイとヒュ―ズを見つけて思いさま目を向いた。
「だ、旦那…っ居たのかよ…!!」
オリヴィエに着物を直されよろけながら、エドワ―ドはあらぬ醜態をさらした事に顔を引きつらせた。
「おう。歌舞伎役者より大立ち回りだったぜぇ?」
ヒュ―ズが両袖に手を突っ込みあおるように笑った。
ロイは口元を上げて、くく、と笑いを堪えていた。
エドワ―ドはげんなりした顔でそっぽを向く。
まぁ、自分は淑やかさが売りなわけではないから、構わないのだが、まさかまさかの現場を見られては気持ちも下がる。
「ほら、できたぞ。…マスタングが来たが、どうする?少し休むか?」
見た目の乱暴さからは想像できない手際の良さでエドワ―ドの乱れた着物を直し、オリヴィエが帯をバン、と叩いた。