『番外*花町』
□『番外コネタ 其の一』
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「あ゛―…ついてねぇ」
エドワ―ドが布団を引っ張り上げてうなった。
鼻がむず、として慌てて手ぬぐいを掴んで顔に当てる。
「…っくしょん!」
衝撃にビビッと耳と尻尾の毛が逆立った。
どうやら風邪をひいたらしい。
「ヴ〜…」
もぞもぞと布団の中で丸くなり尻尾を抱えてぼやける思考に合わせて眠ろうと試みるのに、鼻がムズムズしてまたすぐにくしゃみを繰り返す。
おかげでまったく休めやしない。
「ん…?」
階下で聞き慣れた声がした気がして、エドワ―ドは耳を向ける。
アルフォンスにはうつるといけないから上がって来ないよう言いつけてあるのだが、だだをこねて誰かに止められているのだろうか。
「…あれ…?」
アルフォンスの軽い足音ではない階段を上がる気配に、誰だろうと顔を出す。
今日で三日。
熱を出してぶっ倒れたせいで客の相手ができない。
金が稼げないと飯が食えない。
体を壊して栄養が取れないとますます弱ってしまう。
わずかに白湯が飲めるだけという状態だったから、結局何も食べられなくても同じだが、そろそろ何かしら食べたくなっていた。
『どうやって飯にありつくか』
それを捻り出さない事には風邪ともおさらばできない。
とん、と、ふすまの前で足音が止まった。
まだ宵の口。
店の回りが賑やかになっていくのを今日も遠くに聞いていたエドワ―ドは、その声に固まった。
「エドワ―ド…?開けるぞ」
「だ…旦、那?」
心配と苛立ったような低い声にエドワ―ドが体を起こして息を飲む間にふすまがガタ、と開いた。
眉をひそめて口を真一文字に引いたロイが、今度は静かにふすまを閉めてエドワ―ドの布団の先まで大股に近付く。
エドワ―ドは信じられないような顔で何度も瞬きしながら、ぎゅう、と尻尾を抱え込んだ。
「熱を…出したと聞いたが」
「…あ、…うん…」
膝を折ってロイがエドワ―ドの額に手を伸ばす。ひやりとした手のひらに、エドワ―ドがぴく、と体を丸めた。
ロイの体から冷えた空気が漂うのは、外がかなり寒いからだろう。
長着に薄い羽織というあまり防寒の支度をしていない様子に、エドワ―ドは唇を噛む。
誰かが知らせたのだ、風邪をひいて熱を出したと。
きっと番頭のヒュ―ズに何か羽織って行けと言われながらもそのままで出て来たのだろう。
「…まだ少し熱はあるようだが、落ち着いたか?」
「……」
「エドワ―ド?」
ぴったりと耳を寝かせて警戒を見せるエドワ―ドに、ロイが困ったようにため息をついた。
「粥を、頼んであるから」
「……っっ」
ガバッと布団をめくったエドワ―ドを、ロイは優しく押し止どめた。
「起きなくていい」
「だ、だって…っ」
布団の中で乱れてしまった着物に、ロイがふ、と笑うと、エドワ―ドが慌てて布団を被った。
くしゃみや頭痛で寝返りを打ってうだうだしていたから、いやでも着物はあちこち乱れていた。
髪もほつれているだろうから、もうエドワ―ドは顔が出せなくなる。
「……酒の相手、できねぇのに」
「構わないよ。今日はお前の様子を見に来たのだから」
背中を向けてしまったエドワ―ドの髪を撫でて、ロイは目を細めた。
酒の相手をしなくても、こうして時間を取るだけで金はかかる。ましてや粥を頼めばそれだけ払う金は増える。
「だから、言うなっつったのに…」
ブツブツとエドワ―ドが文句をタレながら手ぬぐいを顔に当てる。
「っくしゅ…っ」
「…ふ…っ」
耳がぴん、と張るのがおかしくて、ロイが吹き出す。
エドワ―ドはむ、として鼻を拭いて顔を出した。