『あくまでいちゃラブなロイエド』

□『あいつが居るならやんない』
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人間誰だって苦手なものは、ある。









* * * * * * * * * * * *





「ッぎゃ――――!!」

真夜中のマスタング家に悲鳴が轟いた。







バタン!

バスルームの扉が勢いよく開いてマスタングが飛び出す。

「エドワード!?」

先ほどの断末魔のような悲鳴は、鋼の錬金術師というふたつ名を持つような男子から発せられたものだ。

マスタングは掛けた言葉に返事がないため、仕方なくタオルを腰にしっかり巻き付けて大股にリビングへと向かう。
エドワードがあれ程の悲鳴をあげる事などないから――怒声ならともかく――マスタングは何があったのかと思い切り顔をしかめてリビングに入った。

「エドワード…」
「た、た、たい…大佐」

エドワードの姿はソファの向こうのようで、助けを求める情けない声が聞こえるだけ。

「どうしたん…だ」

侵入者などの緊急性を要するようなものではないらしい事に安心し、半ば呆れたような顔でマスタングはソファを回り込むと、ソファにべったり張り付いて青ざめているエドワードの頭をガシ、と掴んだ。
とたん。

「―――――ひ…っ」

マスタングがエドワードの視線の先を見やって凍り付いた。

「大佐、大佐…あ、あれ……っっ」
「う、うむ……」

腰の抜けているエドワードをそうっと引っ張って抱き寄せ、二人でダッとソファに隠れた。
そして揃ってソファから引きつった目をのぞかせごくりと息を飲む。

エドワードがぎゅう、とマスタングの腕にしがみついてカタカタと歯をならしている。

「俺、あいつ……駄目」
「ま、まぁ落ち着きなさい」
「ッ大佐は大丈夫なのかよ……っ」

自分だって十分顔のあちこちを緊張させているくせに落ち着けなんてよく言えたもんだとエドワードがム、と口を尖らせる。

「いや、騒いでは捕らえられるものも捕らえられずに逃してしまうだろう?」
「そ、そうだな。じゃ、よろしく」

ぐいー、とマスタングを両手で押しやり、エドワードはソファの端へと逃げる。

「は、鋼の…っっ」

マスタングは慌ててエドワードの腕を掴んで引き寄せ引きつった笑顔を向ける。

「こういうのは、君の錬金術の方が向いているだろう?」
「んな!てめっ何言ってんだよ!大佐の発火布でボン、てやりゃいいだろ!?」
「家を燃やしたら困るだろう!?」
「加減しろっつの!」
「加減しても、もし外したら焦げてしまうじゃないか。君がコンクリートか金属で密封のカゴを練成して閉じ込めればいい」
「………」
「………」

互いに睨み合ったまま、譲る気配はない。



そう、なかなかお目にかかる機会も減ったかもしれないが、マスタングの家にとうとう、あれが侵入したのだ。

黒くて夜キッチン辺りでカサカサ言う、あれだ。

今回はまだ大人ではないらしく、小振りで茶色のそれだが、そんな事は関係ない。

「ああっしっかりゴミは始末しているのに!」

マスタングはピクピクと引きつる顔を片手で覆いソファの背に崩れる。片手はしっかりとエドワードの手首を掴んでいる。逃げられたら一人でどうにかしないといけないから、この手は放せない。

「掃除が甘いんだよ!」

エドワードはマスタングの指を一本ずつ剥がそうと必死なのだが、こんな時の相手の馬鹿力からは簡単には逃げ出せない。

「何を言うか!君が来るようになってから食事を作る機会が増えて。だからそれからはきちんと掃除をしているんだぞ?……君こそ、食べカスをよく床に落とすじゃないか」
「お、れ、の、せいにすんな―!」
「!?」
「!?」

エドワードがぶんぶんとマスタングの腕ごと振り回して叫んだ瞬間、奴が微かな音をたてて壁際をダーッと移動した。
二人とも背中から冷水を浴びたように声のない悲鳴をあげ、ビク、と固まってその行方を追った。その形相は、見失ったら最後とばかりに目一杯に瞳を見開いた鬼のようだ。

エドワードがマスタングの肩越しに恐怖の視線を向け、ぴったりと張り付く。

「………」

邪な事を考えている余裕はないものの、マスタングは素肌の背中にエドワードが顔を寄せて抱き付くようにしているのがくすぐったくてムズムズする。

「エド……」
「あっあっち行った!」
「え!?」

エドワードが意を決して飛び出す。
マスタングは慌てて緊急用の発火布をソファの隙間から取り出してフォローに入る。
奴は床から壁と逃げ出した。

「こんの……!」

パン、とエドワードの手のひらが音をたてる。
内心びくびくの状態で尻が引けそうなエドワードが、倒れ込みそうになりながらコンクリートの壁に勢いよく両手をぶち当てた。

次の瞬間ガゴ…ッと固い音がして目標の辺りが一気に盛り上がった。

「やったか…」

エドワードが肩で息をしながら眉を寄せる。

「いや…まだだ」

冷静な声とともにパシュッと後ろから鋭い音が耳の真横を流れ目の前で火花が散った。
わずかな隙間を抜けた敵がエドワードのカゴから出たところをマスタングが逃さず、見事に射抜いた。

ポト、と黒い燃えカスが床に落ちて、エドワードとマスタングが同時に安堵の息をついて肩を落とした。
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