『あくまでいちゃラブなロイエド』
□『stand by Me』
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「放せよ…！」
そう言ってエドワードが強くオートメイルの腕を引いても、相手は掴む手によりグイと力を込めた。
「おい…大佐」
「鋼の」
先ほどエドワードが大きく彼の机を両手で壊さんばかりに叩き、机の上の物を根こそぎそこら中にぶちまけた。
だから怒って捕まえられても仕方がない。でも今の大佐の視線にはそれに対する怒りがあるようには見えなかった。
「落ち着きなさい」
「は、落ち着けって？どの面下げてそんな事言えんだよ。１ヶ月、ここに滞在しろって？特に何にも俺に情報提供できるわけじゃない、無能な大佐さんが」
嘲笑を浮かべながらマスタングを睨み、自分の腕に掛かる力の強さから逃げようと少しでも隙をみつけようとする。
なぜ本物の腕ではなくオートメイルの腕の手首を掴んだのか。いや、単にとっさの出来事だ。右手で捕まえようとしたら左手に行く。当たり前のことだ。
それでもエドワードには皮の手袋の上から骨があったら軋むほどの強さで掴む彼の心中が読めないで戸惑いを覚える。
「とにかく、１ヶ月だ。落ち着きのない集中力のない子供ではなかろう？ん？私の監視下にいたまえ。これは命令だ。逆らうことは許さないからな」
「許さないだって？俺にはそんな事関係ないね」
バン！
言い終わった瞬間にマスタングの左手が机に叩きつけられた。
思ってもいなかった行動に、半ば諦め態度で机に腰を降ろしていたエドワードの身体が一瞬ビクっと宙に浮いた。
「…んだよ」
「君も軍人であれば、上官の命令には従うのだな。それができなければ軍人なんて辞めることだ。…いちいち気に入らない事に逆らってばかりでは本当の目的を見失う…」
フイとエドワードの腕を放し、マスタングはクルリとイスを回転させて背中を向けてしまった。
「…ちっ」
わかっている、そんなこと。
「で、その間俺は何をしてればいいのよ。まさかハボック少尉みたいにあんたのお守りでもしろって？」
鼻で笑いながら肩を竦めて見せる。
もちろん少尉のやっていることがお守りだなんて思っていないが、まさか自分を連れまわすなんて事はしてくれるなよ、という無言の威圧。
こうなったら中央図書館で今まで関係ないと思っていた資料も片端から読んでいくに限る。
「とりあえずは私の側からは離れないでいることだ」
「は…！？」
一番思っていなかった事を宣告され、エドワードは目と口を思い切り開いた。
「アルフォンスは…」
「彼にはホークアイ中尉の助手を依頼してある。今彼女は恐ろしく忙しくてね」
誰のせいでそんなに忙しいんですかね、と言わんばかりのエドワードの視線を横目で流してマスタングはチャラリと細い鎖を机の上に置いた。
「なんだ、これ」
「それを首に着けておきたまえ。君の居場所がすぐわかるようになっている。私の側から半径100メートル以上離れるなよ」
「ああ？」
「お、それからそれには私が呪文をかけてあるからな？さっさとつけないと君に向かって爆発するぞ」
「なっ。んな危なっかしいもん作んじゃなーよ！」
仕方なくその鎖を首に回そうと手を伸ばすと、マスタングがヒョイと掬い上げ、くいくいとこちらに来いと手招きする。
「…」
いくら今までの会話を交わしている以上の感情をお互いに持っているとしてもそれを面に出さない以上、ここでマスタングに鎖を首に巻かれるなんて行為は間違ってもされたくなかった。
「自分でするっつーの。女じゃあるまいし」
ブツブツ言って奪い返そうとするエドワードから、上へ下へヒョイヒョイと追いかけっこをさせる。
「んなー！」
「こちらへ来なさい」
捕まえられない怒りで机に突っ伏したエドワードの襟首を掴む。
「お、おい！」
よいしょ、とマスタングはそのままエドワードの体を机の上を滑らせて自分の目の前まで引っ張ってきてしまった。
慌てて顔を上げればそこには嫌味を含んだ笑みを口元に浮かべたマスタングが片眉を上げてチャランと鎖を揺らしていた。
「まじかよ…」
そこで素直に猫の首輪の如く着けられては、はいご主人様面されるとエドワードはあくまで抵抗を試みる。
「は、鋼の！ちょっ。大人しく」
鎖を首に回そうとしたマスタングの肩に靴ごと両足を押し付けて仰け反ろうとするエドワード。
その手を掴んで机から落ちないようにしながらマスタングはオートメイルの手で思い切り顔をグイグイとするエドワードと格闘するハメになった。
「なんでてめぇに着けられないといけねんだよ！着けてやるだけでも有難いと思えよっ。だーかーら放せ！！」
「これは私が練成で繋ぎ合わせてあるものなのだよっ。だっから、痛！私しか着けられな…エドワード！」
「おわっ！」
案の定エドワードがバランスを崩して机の端から体半分落ちる。慌ててマスタングが掴んでいた方の手を強く引いた。
「っあー。びっくりした」
「……っ」
衝撃はどちらかと言えばマスタングに掛かったようだった。
強く引かれた手でエドワードはどうにか机から落ちることは避けられ、代わりに勢いでマスタングに体ごとタックルをしてしまったらしい。
「……」
エドワードが机の上で座りなおす中、マスタングは石頭をくらった肩を抑えて椅子に座ったまま半分体を折っていた。
いくら軍人で体を鍛えているとはいえ、とっさのことで、あげくにエドワードの全体重の掛かった頭突きをまともに受けてしまっては何でもないさ、という顔はできなかった。
「なーんだよ、貧弱だなぁ」
「き、君は落ちるのを助けてやった相手にそういう礼の仕方をするのかね」
「……」
ふん、とエドワードはそっぽを向き、あぐらをかく。
「あんたが無理矢理その鎖、着けようとすんからだろ」
「だからこれは私が練成して作って、…私しか着けられないと言ったではないか。まったく人の話をきちんと聞かないからだろう？そんな事だからうまく情報収集できないんだろう」
「ああ！？関係ないっつーの！あんたの言うことなんか信用できねえって言ってるだけだろ！」
「いいから、頭をこちらに」
まだギシッと言いそうな肩を抑え、鎖を手に少し怒りを見せる目元でエドワードを上目遣いに見やる。
「…はー…っ」
もう嫌で嫌で仕方ないのだけど、というようにエドワードはあぐらを組んで両手で自分の顔をぐにぐに強く撫でまわし、最後にゴシゴシ擦ってみせると、意を決してズズイとマスタングの前まで体を進ませた。
「ほら」
「…」
それでもまだ素直に頭を差し出せずに口をへの字に曲げたまま眼下にいるマスタングを不満いっぱいの瞳で睨む。
「鋼の」
「わあかったよ」
促されて自分の首元を摩り、ゆっくり頭を下げる。
耳元でチャリ、と金物の擦れ合う音がしてマスタングの腕が自分の頭を抱えるように回されていることがわかる。
エドワードはじっと机の一点を見つめていたが、その端からマスタングの軍服が見え隠れする事と、耳元で自分の髪に触れる彼の袖辺りに体が緊張していることに気づく。
この服は国家を守る軍人の物で、彼が命令があればどんな非道な事でもお国のためという名目で行なってきた象徴で、彼の手は煙草の火を点けるような微かな焔から街一つを一発で消し飛ばす程の爆発を起こせる人間兵器。自分の練成と何ら変わる事のないものだけれど。
エドワードは軽い練成反応が頭の後ろで起きるのを感じながら、自分の興味から交わしたキスや、彼に対する飲み込んで納得できない自分の感情を思い起こしてグッと拳に力を込めた。
「よし」
マスタングが軽く引っ張って解けない事を確認したとき、エドワードが一瞬だけ早く頭を上げてしまった。
「お…っ」
「あっ」
いきなり体を起こされ、反動でマスタングはまだ両腕ともエドワードの首に回していたから、イスごとひきよせられてしまう。
両手両膝をついた体勢でいきなりマスタングを目の前にして、エドワードも固まってしまった。
「おや、これはこれは」
「…んだよ」
「ちょうどいい体勢だな」
「ああ？ホラ、用は済んだんだろ？放せよ」
「放していいのなら君が離れれば良いだろう」
瞬時でカッエドワードの顔が紅潮するのがわかる。
「放…っ」
バッと振り払おうとするエドワードの生身の腕をマスタングがかわして掴んだ。
「…」
身を引こうとしたところへ、マスタングはフッと軽く笑みを浮かべた顔を近づける。エドワードがその表情にギクッとして目を見開いた。
「エド…」
「―っ」
低く甘い声。
抵抗する間もなく、触れた唇にエドワードがさらに目を開いて固まった。
細められたマスタングの瞳に見せる妖しさが、鋭く自分の気持ちに入り込むのを感じる。
食われまいと思わずぎゅっと目を閉じたエドワードから、マスタングがしっとりと重なっていた唇を離すとエドワードの顔を両手でそっと包んだ。
「私のそばにいなさい…」
「…」
エドワードが赤い顔でギリッと歯を鳴らし睨む。その顔を満足げに見やるマスタングが、もう一度顔を寄せることに、エドワードは抵抗を見せなかった。
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