★猫の嫁入り★

□『迷子』11/1
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「大佐…、その紐は」

ホークアイは抱えた書類をマスタングの机に置くのをとめた。

「……いや、その…」

マスタングは、う、と言葉を飲み込み、ホークアイの視線から逃れるように瞳を泳がせた。

「しっつれーいしまーす、と」

まったく中の様子など知りもしないハボックは、半分開いていた執務室のドアをノックしながら押し開けた。
そして、なんとも言いようのない、気まずい雰囲気が漂っていることに、一歩、退いた。

なんだ、なんだよ、また何かやらかしたんかよ、あのおっさんは!

上司に対しての言葉とは思えないが、一応腹の中だけの独り言なので害はない。
ただし、この雰囲気は確実に何かしら自分には害を及ぼしそうだ。
さっさと知らぬ振りして出直してきたほうが良い、絶対。

そう思ってハボックが忍び足で出て行こうとするのを、鋭く見咎めたものがいた。

「み゛ゃんっっ」
「うへ…っっ」

見つかってしまった、一番の天敵に。
いや、いやいや、小姑?

「なんだ、ハボック。居るならさっさとこっちへ来い。何をしている」
「あ、あー…、はい…」

マスタングの声に棘はあるものの、明らかに天の助けと感じているのは隠せない。
そして、ハボックを見つけたエドワードの体勢。
腰に両手を当て、仁王立ちしている。
それも。
執務机に。
マスタングに被るようにして。
そのエドワードの後ろから、早く来い、とマスタングが眉をしかめて目配せしている。

「……」

無言で立っているホークアイ。
仁王立ちしているエドワード。
びくびくしながらもこちらに威圧的な態度を見せるマスタング。
どう見たって、何かある。
ハボックは、はぁぁ、と魂の抜けるようなため息をつきつつ猫背をより丸くして三人の下へと赴いた。
これでは煙草も燃え尽きる。

「にゃんにゃ!へたれしょーい!!」
「…へいへい、おれぁ、へたれっすよ」

首の後ろを掻きながら、ハボックは体を引き気味にしながらぼそぼそとすねる。
この二人が天敵なのは、エドワードの大切な弟、アルフォンスが、この男に貰われていってしまった時からずうっと、変わらない。
いくらアルフォンスが承諾したからと言って、お兄ちゃんは認めてないのである。
なんだかとっても気に入らない。
理由は、エドワードにもよくわからないのだが、とにかく、認めてやらないのだ、と強く決めている。
から、エドワードがマスタングに連れられて東方司令部に来るときは、なるべく顔を合わせないようにしているのに、今日は知らなかったのだ。
なんてタイミングの悪い。

「で、…大佐。その状態の、説明をしていただけますか」
「んん、うむ…」

ひとりしきりエドワードがハボックを威嚇しきったところに、ホークアイがさらりと割り込んだ。
ひく、とマスタングの顔がひきつり、やはりこの女史から話をそらすなど出来ないと実感してぽんぽん、とエドワードの肩を叩いた。

「んにゃ!?」
「っっ私まで威嚇するのかね」

三角になった瞳をそのままに振り返ったエドワードのあめ色の視線が刺さり、マスタングはびくっと手を引いた。

「にゃ、…にゃにゃ…」

一瞬、しまった、というバツの悪そうな空気が流れたが、エドワードはふん、と鼻を鳴らして、んしょ、んしょ、と机からマスタングの膝の上に陣地を移動させた。
そして、いつもなら知り合いの前では抱っこされる姿を見られるのもあまり良い顔をしないはずのエドワードが、がしっとマスタングの胸に抱きついた。

「は…?」

ハボックの顎が半分は落ち、よくよく見ればもっと床まで顎が落ちそうな光景がそこにはあった。
こりゃ、ホークアイが沈黙のプレッシャーを掛けたくもなる。あと半時ほどでたぬき親父どもとの昼食会を兼ねた軍議が始まるというのに。

「なん、すか?その紐」
「〜〜っああ、みなまで言うな…」

エドワードの手前、半笑いのハボックを火炎放射器の如く指パッチンで吹っ飛ばせるはずもないのだが、ギロ、と睨まれたハボックは笑った口元が凍った。

「大佐、説明いかんによりましては、…」
「いや、だから、その…っっ」

今にもガチャリと銃身のあがる音が見えない手元でしそうなくらい、ホークアイが静かに怒っているのは確かだ。
しかしマスタングにもどう説明したら良いのか、あたふたとエドワードとホークアイをみながら口をパクパクさせた。
んにゃ、とエドワードが尻尾と紐を抱えて、振り返る。
そのエドワードには、ホークアイもにっこりと笑みを見せるが、その笑顔には、さぁ納得のいく理由を話してね、と強い視線が含まれていた。
ちょっとだけエドワードもびくん、としたが、きゅ、と唇を噛んで机に手を乗せて伸び上がった。
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