★猫の嫁入り★

□『春にはまだ早く』
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今日はホワイトデイ。

甘いチョコレートのお返しは……?





* * * * * * * * * * *


「捨て猫……?」

マスタングは雑貨屋の前で立ち止まり、カゴから落ちそうになっているのか黒猫をひょいと持ち上げた。

「何すか?それ」

ハボックが後ろから顔を出してマスタングの手に収まっている黒い塊をつついた。

「捨て猫〜?ああ、……ぬいぐるみっすね」

丸い目をした極小ビーズ入りの黒猫のぬいぐるみ。
もふ、もふ、と握ると柔らかい感触がとても気持ちいい。

「買うんすか?」
「……どうかな。エドワードは噛み癖が酷いからなぁ。あっという間にボロボロになってしまう」

相変わらずマスタングの軍服をもぐもぐと噛み続けているエドワードの楽しそうな顔を思い出してマスタングは困ったように笑った。
そんな姿が日常になってどのくらい経っただろうか。やんちゃで悪戯好きで手に負えないのに可愛くて仕方のない子猫。
しかし、こんなやわなモノでは一日ももつまい。もしかしたらひと噛みで天国行きかもしれない。

「でも一応猫のおもちゃみたいっすよ?」
「ん?」

ぺら、と首輪についた値札をひっくり返し、ハボックは煙草を揺らした。家猫の遊び相手にどうぞ、と書いてあるのを二人で覗き込み再びむにむにと触る。
中身はともかく外側は柔らかいが皮素材のようだから簡単には破れないかもしれない。
マスタングが居ない間独りで過ごす時間が多いエドワードに友だちだと言って渡したらどうだろう。
マスタングはこのぬいぐるみを抱えたエドワードを想像し、うぐ、と言葉を飲み込んだ。
可愛い。
可愛いに決まっている。

「俺もアルに買ってくかな〜」
「………」

隣で花が咲いたようにだらしない顔をさらすハボックに、マスタングが我が身を見たようで思わず引きつった。






「帰ったよ。エドワード?」
「みゃあったあさ!」

コートを脱いだマスタングにエドワードが走り寄って来た。
歩くには二足歩行で大丈夫になったのだが、やはり走るとなるとどうしたって四本足が速い。

「珍しいな、君がそんなに嬉しそうに出迎えてくれるなんて」

マスタングは自分の顔がふにゃりと崩れる事にハボックを思い出しながらも、キラキラしたエドワードの視線に負けてしゃがみ込んだ。
ぐいぐいとマスタングのズボンを引っ張り、エドワードは紙袋に手を伸ばす。絶対にこれには良いモノが入っている。エドワードの直感が獲物を捕らえていた。

「みゃん!ちょれ!みちぇりゅにゃ!」
「ああ、ああ。わかったよ。少し待ちなさい」

バリ、と一回エドワードの爪が引っ掛かって、マスタングは慌てて立ち上がった。

「みゃあん!!」
「こら。少し待ちなさいと……」

抗議の声を上げたエドワードに、め、と眉をしかめてみせ、マスタングはため息をついた。
エドワードが理由もなく自分に駆け寄ってくるはずもなかったか。
はぁ、とやるせない気分に肩を落としてマスタングはコートをラックに掛けた。
振り返るとエドワードはまだ玄関とリビングをつなぐ廊下の真ん中辺りで座り込んだままムス、としていた。

「どうした?おいで。お土産は確かに君の物だよ」

シャツの胸元と袖のボタンを外し、マスタングはテーブルに乗せた袋を示した。それでもエドワードは薄暗い中でそっぽを向いた。
おあずけにされたのが余程気に入らなかったのだろうか。
マスタングは不思議に思いながら冷蔵庫を開けてビールを取り出した。夕飯は、と冷蔵庫中身を確認しているといきなりバサッと紙をつぶすような音がしてマスタングは振り返った。

「あ……っっ」

エドワードが紙袋をくわえて一目散に寝室へと走って行く後ろ姿が見える。

「………」

せっかく、目の前でぬいぐるみに顔を輝かせるエドワードが見られると思っていたのに。
マスタングは帰宅して早くも二回、肩を落とす事になってしまった。

「………まったく…」

仕方なくソファに腰をおろし、マスタングは缶ビールを開ける。今頃エドワードはベッドであの黒猫を見つけておおはしゃぎかもしれない。
ハボックの家では素直に笑顔を見せるアルフォンスの可愛さに崩れきった大男が悶えている事だろう。何故に兄弟なのにこうも違うのだろうか。
マスタングにとっては可愛くて愛しいのはエドワードなのだが、時々どうしてアルフォンスではなかったのかと思う事がある。相手がアルフォンスでも連れ帰れた自信はあるし、何より懐いてくれたはずだ。

「………。それを言っても意味がない事くらい、わかっているんだがな」

だからって、自分が選んだのはエドワードで、エドワードも自分を選んでくれた、はず。

「………」

断定出来ないなんて、とマスタングは口につけた缶をぐ、と握った。
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