★猫の嫁入り★

□『幸せは一日一個がちょうどいい』
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どんな幸せも、有り難みが無いと気付かないから。






* * * * * * * * * * *


「大佐、それを全て持ち帰るおつもりですか?」

ホークアイは一瞬眉をひそめてマスタングを見た。
ぎゅ、と袋の紐を絞ってマスタングは一息ついた顔で立ち上がり、ホークアイに振り返った。

「ああ。これは全て有り難くいただいていくとも。何せこれは」

女性から私への純粋な愛ではないか、とか何とか続けているマスタングにもうどうでも良いホークアイはその小山のような袋を眺めてため息をつく。

今日はバレンタイン。

朝出勤しながらマスタングへのチョコレートを次々に手渡され、その時点でホークアイはイラッとした。
作戦室の前には立ち入り禁止の札を下げてあったため、またしても綺麗にラッピングされたチョコレートがまるでタワーのように積み上がり、そのタワーが幾つも出来てドアを開けられない。
ピラッとメッセージカードが落ちて来てホークアイは抱えた袋をぐしゃ、と握り潰しそうになりながらタワーを睨んだ。
そこに出勤してきたフュリーがホークアイの怒りのオーラが渦巻くのを見て大慌てで片付けた。

毎年、毎年の事ながら本当にうざったい、ありがた迷惑な日。
いつもならそのチョコレートは手作りを除き全て孤児院などに寄付される。お礼状はフュリーとファルマンが残業をして作り、マスタングはサインを入れる。

また、仕事が遅れる。

それを見越したスケジュールを組んではいるが、そんな事を考慮しなければならないコトがホークアイの怒りを煽るのだ。
それが今年はマスタングがチョコレートを持ち帰ると言い出した。
もちろん毎年寄付している分はある程度残したのだが、マスタングが甘いものが得意でないと知るホークアイが眉をひそめるのは当たり前だった。

「あの量はいくらなんでも食べ切れないと思いますが……」
「いや、食べるのは私ではないよ」
「は……?」

ほくほくと満足げな顔で自席の椅子に深く座るマスタングに、ホークアイはぴーん、と勘が働き、チョコレートの大袋とマスタングの緩み切った顔を交互に見た。

「大佐。これは私が預かります」
「え!?中尉それは…っっ」

ガタリと体を起こすマスタングにホークアイの視線が突き刺さる。
その瞳にマスタングがたじろぐとホークアイはつかつかと机まで歩み寄りバサッと書類を叩き付けた。

「…エドワード君にあげるおつもりですか、あの量を」
「い、いや。あの子はまだ子猫だからホットチョコレートとかも好きだし。これだけあればしばらくはもつだろう?」

ホークアイの視線を防ぐため両手を顔の辺りまで上げてマスタングはなだめるように苦笑した。
その答えにホークアイは大きく息を吸い込み吐き出しながらこめかみをきつく押さえた。

「毎日おやつに出しても半年は持ちますよ?大佐が留守にされている間、エドワード君が我慢していられれば…の話ですが」
「いくらなんでも中尉、エドワードが盗み食いをするなんて…」

ホークアイの真剣な表情をよそにマスタングが手を振って笑うと、ぴくっとホークアイの眉が動いた。

「毎日、与えるだけでも猫には十分有害なんですよ?…好かれようとするだけでは駄目ですとあれ程お話ししているはずです!」
「―――――っ」

バン、とホークアイが書類を叩き、マスタングは再びびくっとたじろいだ。
ため息をつくホークアイをうかがい、マスタングは彼女が仕事以外にこれだけ真剣に口を挟むのも珍しいなとちょっと口の端で笑みをこぼした。エドワードが大事に思われているのが嬉しいような悔しいような。
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