★猫の嫁入り★

□『悩ましい、毛玉』
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猫の毛ずくろいはたいへん。

でもそれはもっぱら本人ではなく、飼い主にとって。



* * * * * * * * * * *




「うみゅ、うぅみゃ…」

エドワードは毛足の長い耳の先まで丹念に手で撫でる。
尻尾も、根元からふんわり仕上がるようにざらっとした舌を櫛にして丁寧に舐めていく。

毛ずくろいなどと言うモノは、雄のエドワードにとっては面倒臭くて仕方ないのだが、長毛種のおかげで放っておくと絡んで毛玉になってしまう。ただでさえあちこち走り回っているので、一日知らん振りしていたものなら尻尾は箒のように広がって埃を吸い寄せてしまうのだ。

「みゅぅん」

舐めてしっとりした尻尾をくい、くい、と振って、エドワードは達成感で満足そうに笑みを浮かべた。
今日も見事な出来栄え。
面倒臭がりではあるがいったん始めたら気が済むまでやるのもエドワードの性格。

その様を壁の陰からこっそり覗く姿が肩を震わせて声を殺す。

「いかん……っ。気付かれたら…」

マスタングはまだ出ていない鼻血を堪えるように顔を覆って音を立てずに壁を拳で叩く。
ブラッシングは長毛種の基本なのだが、エドワードのあの気性だ。やらせてくれるはずもない。
その代わり、毎日毛ずくろいに精を出すエドワードの愛らしく…もしくはいやらしい仕種を眺める事がマスタングのこの上ない楽しみだった。

「ああ…っ。あんなに足を開いて……っ」

エドワードがソファの背もたれに寄り掛かり、両足の間から尻尾をぴょこんと出し再び舐め始め、マスタングは卒倒しそうになる。
エドワードは一心不乱に尻尾を抱えて仕上げていく。マスタングはのけ反った頭をぐい、と気合いで戻し、またエドワードの様子を窺う。
今にもコロンとソファに転がってしまいそうな程体を斜めにしてエドワードはむにむにと根元から手触りを確かめている。
表情はまるで刀匠のように真剣そのものだ。

「何ていやらし…可愛いんだ…っエド…!」

鼻息が荒くなっているのに気付きもせずマスタングは食い入るように見つめた。

「みゃ!?」

出来上がった尻尾を触っていたエドワードがある一点に触れると、ぴくっと揺れた。

「……どうかしたのか……?」
「………」

エドワードが急に動きを止め、ごくりと息を飲んで眉を寄せた。
マスタングは目を瞬かせ首を傾げた。エドワードが緊張した面持ちでそうっと金色の毛を掻き分けている。

「………」
「………?」

心なしかエドワードの手が小刻みに震えているように感じ、マスタングは不安な顔で爪先立った。
何かあったのか。
毛玉を見つけたにしてはエドワードの表情は深刻だ。

そしてエドワードが長い毛を丁寧に爪で広げたとたん、瞳に映ったモノに背筋がぞわっとした。一瞬声が出ない程の恐怖に固まったエドワードは、次の瞬間くわっと目を見開いた。

「みぎゃあっっ」
「――――!?」

抱えていた尻尾にエドワードはいきなりシャキン、と両手の爪を振り上げて襲いかかった。

「み"ぃぃぃ!うにゃ!みあぁぁっっ」
「エ、エドワード…!?」

先程ツヤツヤのベルベットのようにまで仕上げた尻尾の毛がバサバサと膨らんで飛び散る。
マスタングは面食らって口をあんぐり開け、ソファを転がりながら尻尾と格闘エドワードを見つめた。
手を出せずにあわあわとしていると、エドワードは親の敵の如く立て続けに尻尾に爪をたて苛立つ声を上げる。

「にゃんっっ。むぅきゃぁちゅきゅんにゃあ(ムカつくんじゃあ)!!」

再度怒りでぶわっとエドワードの毛が逆立ち、マスタングは堪らず飛び出した。

「エドワード!どうした!?」
「う"ぅぅにゃっっ」
「エド!」

エドワードが大声を出してバシッと尻尾をぶっ叩きマスタングはびくうっと後ずさった。

その時。

みょーん、とエドワードとマスタングの間で何かが飛び上がった。

「にぎゃちゅきゃあっっ(逃がすかあっっ)」
「エドっ待て待て!何が……っ」

マスタングには一瞬の事でエドワードが何を追っているのかわからず踏み込んでしまい、ソファから高く飛んだエドワードを遮った。

「あ……っっ」
「み……!?んぎゃ!」

ドカッとエドワードがマスタングの肩に飛び込みマスタングは即座に抱き留めた。

「エド!」
「たあさ!?たあさ!にょみにゃ!!」
「にょ…。蚤!?」

ガシガシとマスタングの肩をよじ登るエドワードを抱えてマスタングが振り返った。
しかし、そんな豆より米より小さな胡麻みたいなモノはマスタングの視界では認識出来ない。エドワードのいきり立つ視線の先には嘲笑うように逃げて行く蚤の後ろ姿が見えているのだろうか。



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