★猫の嫁入り★
□『すれ違いな温もり』
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寒い夜には人肌が恋しくなるもの。
それは猫も同じ?
それとも、単なる希望的観測?
* * * * * * * * * * *
「エドワード?」
「………」
寝室を開けて声を掛けてみたが、寝ているのか何の反応もないエドワードにマスタングがベッドを回り込んだ。
両腕を組むように突っ伏した体勢で顔をその隙間に突っ込んで、エドワードは静かな寝息をたてている。ふわりとした尻尾を体にぴったりと巻き付けている格好にマスタングの頬が緩む。
「……かわ…」
可愛いと呟こうとしたとたん、エドワードの片耳がぴん、と張ってマスタングの方へ向いたので、仕方なく語尾を飲み込んだ。寝ている時くらい、いいじゃないかと思うのにマスタングはくす、と笑ってベッドにゆっくり腰を下ろした。
エドワードは夢でも見ているのか、時折体を揺らして耳を振る。まだ寝間着にも着替えさせてないのにしっかり寝入ってしまった子猫に、マスタングは腕を組む。
どうにか着替えさせるすべはあるだろうか。しかし触れたとたんに飛び起きてまた引っ掻き傷を増やされる気がしてならないし、でもブーツまで履いたままでは寝にくいに違いない。
マスタングは細かな傷のある手で鼻を掻くが、そこにも細い爪の痕が赤く残っていた。
「これで寝相が悪かったら蹴飛ばされかねないからな」
と半分冗談で肩をすくめたマスタングの視界の端で、エドワードが勢い良くゴロン、と寝返りをうった。
「………」
握った両手を頭の上まで伸ばし、体全体で三日月を作るような格好になったエドワードががしがしとブーツでマスタングの腿を蹴った。顔は相変わらず健やかそのものだ。
聞いているとしか思えないエドワードの行動に、マスタングは頭を垂れて長く息を吐いた。
「…私は時期を誤ったか?」
連れ帰るにはまだ気を許されてなかったのかもしれない、と言う思いにマスタングは自分の余裕の無さを感じてふ、と自嘲気味な笑みに目を閉じた。
体が揺れるほどの勢いでマスタングの腿を蹴っていたエドワードがそるのを止めてくりんと頭を内側にそらせる。
猫特有の寝姿に、マスタングは少しだけ穏やかな気分になった。
連れて帰って来てしまったものはもう悩んだところでどうもならない。いっそ降参して今から店に返せばまだ戸籍にエドワードの名は載らないはずだ。
戸籍に名を連ねてしまえば、エドワードとは一生別れる事が出来ない。
「………」
手放したくないからこそ、ただペットとしてではなくこの方法を選んだのだが、はたしてエドワードの同意が本当に得られているのか。マスタングはそこがはっきりしないまま半ば強引に、話を進めた事を否定出来なかった。
膝に組んだ手を乗せ、マスタングはじっとその手を見つめた。背後ではエドワードが時折ころんと寝返りをうっている。
確かに、そこにエドワードが居るという重みで羽毛の掛け布団が沈んでいるのを感じると、らしくもなくマスタングは複雑な、どっちつかずな気持ちになった。
肩越しに瞳を細めてエドワードを見ると、くりん、くりんと俯せたり仰向けになったりしながらベッドを頭も足もなく移動していた。思わずマスタングの口元が笑みを堪えて引きつる。
真剣に思い悩もうにも、エドワードの奔放な寝相がそうさせてくれない。
「まったく…。風邪をひいてしまうではないか」
考えるのをあきらめマスタングはクローゼットから予備の毛布を出し、今は仰向けて大の字になったエドワードにそっと掛ける。エドワードはもぞもぞっと体を動かしてその温かくて柔らかな感触の中に潜り込む。
「おやすみ…」
マスタングはまだ残していた仕事を片付けるためにリビングへと向かった。
「う、みゃ…」
エドワードは襟元の苦しさに目を覚ました。
普段、寝る時はもっと軟らかい素材の物に着替えているのに今日はベッドを教えてもらった後、ふかふかな羽毛布団の上で眠気にとらわれてしまった。
どうも黒のジャケットは首もとが硬いため、寝相の悪さから息苦しくなったようだ。
目を開けても視界は至近距離の毛布で遮られていたから一瞬、どきりとした。さぁっと背中が冷えたが、すぐに知った匂いがくるんでいる事に気付いてほっと体の力を抜く。
「……ぅー…」
ここはマスタングの家だ。
自分は連れられて来たのだ。
眠気の抜けないまま毛布から抜け出して寝室を見渡したが、主の姿はなかった。
扉から光がもれ入って来るところを見ると、多分リビングにいるのだろうと見当をつけエドワードは薄暗い中でベッドから音もたてずに飛び降りた。
とりあえず、ドアノブは顔辺りの高さなので難無く開けられる。
「………」
用心深く耳を澄せ、ドアを押し開けると大きな瞳を半分だけ覗かせる。