Cool Blue

□片割れ月に鴉が詠う
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信玄に命じられた任務遂行の途中、風が木立をざわめかせる夜の闇の中を、佐助は枝伝いに駆け抜けていた。

冷たく澄んだ空気を身体で切る感覚は、いつも佐助を心地好い昂揚感で満たしてくれる。
身体中に巡らされた微細な神経が、隅々まで目醒めて研ぎ澄まされてゆくような…そんな感覚が佐助は好きだった。

(これだから、忍ってやめられないんだよな〜…)

時には戦場で堂々と姿を見せ、武器を振るう事もあるのだが、
やはり佐助に与えられる任務は隠密行動の方が多い。

闇夜に紛れ、気配を殺し、標的を奪う…それは密書だったり人の命であったりもするのだが、佐助は常に淡々とそれらの任務をこなしていた。

そしてそれらの任務が持つ性質ゆえか、佐助はあまり本心を人前に晒す事を好まなかった。

いつも飄々と、掴みどころのない風のように振る舞い、決して相手に弱みを見せない。
それが佐助の信条でもあり、矜持でもあったのだ。

(陽の光よりも暗闇の方が好きなのは、忍の性分なんだろうな、きっと)

だが、その時不意に――それまで暗闇だった森の中に、柔らかな明るい光が射し込んできた。

枝を蹴る足を止めて森に降り注ぐ光を振り仰ぐと、風で千切れた雲の隙間に片割れ月が鮮やかに浮かびあがっている。

「そういや、今夜は半月だったっけ…」

見上げた月は、佐助に一人の男の姿を思い出させた。
頑強な甲冑を着込んだその上衣、纏った褐色の羽織の背に片割れ月を掲げた、奥州に棲まうもう一匹の竜・・・

「片倉…小十郎…」

その名は呟くだけで佐助に夜の冷たさを忘れさせ、
その姿は脳裏に現れただけで佐助の身体を軽く震わせた。

小十郎と今までに交わしあった甘く熱い秘め事の記憶までも、鮮明に思い出してしまったのだ。

その記憶は佐助の身体を深い場所からぞくりと疼かせ、忘れられない熱と感触を全身の肌に這いまわらせた。

だが、さすがにこんな場所で記憶の奥の行為を再現するわけにもゆかず、佐助は燻る想いを抑えつけてもう一度月を見上げた。


 

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