金色のコルダ

□好きだから
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「たっだいまー!う〜冷える〜っ」


それは暮れも押し迫った12月のある日の出来事。
天気予報で冬将軍が再来したとの情報は火原の住むこの町も例外ではなく、CDショップでの買い物を済ませて路上へ足を踏み出すと身を裂くような冷たい痛みが全身を襲ってきた。朝家を出た時はあんなにも穏やかな天気だったのに、そう火原はどこか不満げな顔を暮れゆく空へと投げながら足早に家路につく。火原自身もまさかこれ程までに風が姿を変えるとは思ってもみず、近場だからと薄着で家を飛び出したことを今更ながらひどく後悔していた。

北風に身を晒しながら無我夢中で走ったことが功を奏したのか。
いつもよりも早く自宅へ辿り着くと、勢い良く玄関を開けて家の中へと駆け込む。するとどうだろう。いつもは十分なスペースがある玄関先に男物の、それも軽く五足以上はあるだろう靴が無造作に並べられていた。決め手が奥の居間から聞こえてくる、賑やかに談笑する聞き覚えのある声。

「兄貴が友達でも連れてきてるのかな?」

そういえば数日前、大学の仲間との集まりがどうとか話していたのを聞いた。
今日もきっとこの悪天候の中、屋外コートでのバスケの後そのまま家へと流れこんできたのだろう。その証拠に廊下からこっそり居間を覗いてみると見知った顔がいくつもあって、テーブルの上には飲み物やお菓子、つまみが用意周到に溢れていた。それら美味しそうな匂いについつい腹の音が鳴りそうになり、火原は自分も輪に混ぜてもらおうと薄く開いているだけのドアに手を掛けた……その時だった。

「お前はやっぱ、正月は彼女と二人で初詣か?」
「んー、まぁなー」

……彼女?
ドアを開こうとした瞬間、耳に入ってきた言葉に思わず手が止まる。どうやら話題は正月の過ごし方についてのようだ。

「むしろ大晦日から神社に並んで二人で一緒にカウントダウン、でそのままお持ち帰りコースだろ?」
「馬鹿お前、お前と一緒にするなってーの!」
「でもさ、正月って言ったらやっぱ姫始めじゃん」
「姫始めって……お前歳いくつだよ。発想が古くないか?普通初詣とかお年玉とか年賀状とか…」
「まぁ、お年玉貰う年でもねーけどな。俺達」

ドア一枚を挟んで繰り広げられる、兄達の会話。
いつしか火原は薄開きのドアにぴったりと耳をつけ、その話に夢中になって聞き入っていた。

「でも、姫始めかぁ。彼女いる奴はいいよなー」
「彼女が振り袖とかだったらまた別の意味で燃えるしな」
「ああ、着物!確かに色気あるある!」
「お前ら、まさか新年の楽しみがそれだけとか言わないよな?」





……パタン…――



「彼女…、…姫始め…?」


頭の中でぐるぐると同じ単語ばかりが巡る。
結局話の輪に入ることができず人知れず自室に戻ると、火原は買ってきたCDが入った袋を机の上に置き、そのままボスンッとベッドの上に突っ伏した。会話の中に幾度も出てきた初めて聞く言葉。話の内容から正月にすること、彼女とすることというのは辛うじて理解出来たが、肝心の「姫始め」の意味がわからない。

「それって、すると彼女が喜ぶことなのかな…」

はあ…、と深い溜め息が無意識に零れ落ちる。
それと同時に脳裏に他の誰よりも大切で愛しい、たった一人の顔が思い浮かんだ。


おれの頭の中にあるのは、きみの笑顔。
いつもおれを元気にしてくれるその笑顔だけが、胸の中をぐるぐると回ってる。


「香穂ちゃん……」

香穂ちゃんは、「姫始め」ってなにか知ってるのかな…――?



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