頂き物

□スレチガイ
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「よぉ、色男」

既に荷物をまとめ終え、会社をあとにしようと給湯室の前を通りかかった時。聞き慣れた軟派な声が三蔵の耳に届いた。

掛けられた声に振り返ればそこには、いつもと代わらぬ笑みを口元に湛えた悟浄の姿があった。

「…何してんだ」

「べーっつに?たまには皆さんに茶ぁでも淹れてやろうかなぁ、なんて?」

「もう皆帰った。終わってないのはお前だけだ」

「うぇ、マジでぇ?うっわーまた残業かよー…」

ぺちっと自分の額を叩きつつもどこかふざけた調子のままで。ふいに何かを思い出したように手を打って、がしっと三蔵の肩に腕を回した。

「それより三ちゃん、知ってっか?社内中お前の話で持ちきりだぜ。なんでも社長令嬢と結婚するんだとかしないんだとか…」

相手の言葉に思わずピクリと反応すれば、悟浄の声のトーンが僅かに下がった気がした。

「あ…、本当だったんだ?」

ほんの少しだけ驚いたような表情を見せ、しかし、すぐにいつもの表情へと戻り。

「へーっ、いい話じゃねぇか。逆玉の輿ってやつ?」

ははっと楽しげに笑って見せる悟浄に、無償に腹が立つのを感じた。

悟浄はといえば、そんな三蔵の感情の変化に気付いているのかいないのか、ただただ無邪気な笑みを浮かべ。

「まぁ、俺もあのジジイは気に食わねぇけどさ、娘は優しい感じのいい女じゃん?まったく羨ましいったらないぜ」

三蔵が言葉を紡ぐ間を与えぬようにしているのか、次から次へと言葉を並べ立てる。

そうしてひとしきり喋り終えると肩に回した腕を離し、ぽんっと一回、軽くその肩を叩き。

「幸せになれよ」

そう言って、有無を言わせぬ笑みで笑った。

「…っと、もうこんな時間じゃねぇの。引き止めて悪かったな、俺は仕事に戻るわ」

時計を確認して背を向けひらひらと手を振る悟浄を見送りそうになり、三蔵は慌てて相手の肩を掴む。

「お前は」

初めて、断片ではあったが口を開くことの出来た三蔵に、悟浄がピタリと足を止めた。

その隙を逃さぬように、肩をぐいと掴んだまま言葉を紡ぐ。

「お前は大丈夫なのか。それで」

暫くの間、二人の間に沈黙が訪れる。悟浄は振り返らず、三蔵は手を離さず、ただ黙ったまま。

長く思えた沈黙を破ったのは悟浄だった。

「ははっ。三ちゃんってば、すっげぇ自意識過剰」

ゆっくりと振り返ったその顔には、常に絶えることのない斜に構えた余裕の笑みが浮かべられていた。

「俺は大丈夫に決まってんだろ?三蔵一人いなくなったところで、色男だから相手にも困んねぇし?」

からかうような口調で告げながらおどけた様子で肩を竦め、少しだけ間を置くと頭を掻きながらへらりと笑い。

「うん、でもまぁ…それなりに楽しかったわ。さんきゅな、今まで」

そう言って、もう一度だけぽんぽんと肩を叩き。

「それじゃ―――ばいばい」

隣をすれ違うようにして歩みを進め、そして悟浄は振り返らなかった。

そこにはただ、情けなくも立ち尽くす三蔵だけが取り残されて。

「は。…大丈夫じゃねぇのは俺の方か…」

片手で顔を覆うようにして押さえ、力なく自嘲気味に笑った。
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