短篇&キリリク

□CRSTAL MERODY 4章 後編
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鈍くて響かない声音。


さっきまで、僕を襲おうとしていたあの男のものだった。


確か、気絶させたはずなのに、もう目覚めてしまったのか。


「ひゃぁっ…!」


男の気配があまりに近いことに気づいて、驚いた為に携帯電話を思わず落としてしまう。


僕が慌ててそれを拾おうとする前に、男がそれを奪い去ってしまった。


男はそれを、煩わしそうに眺めると、思い切りそれを投げつけた。


「こんなもの…!」


「あ…」



ぱきん…と音を立てて地に伏す携帯電話。

ぐちゃぐちゃに踏み潰され、壊れていくそれ。

外との連絡を取る唯一の手段まで奪われて、呆然とするしかない。


「ひひ、これでもう携帯は使えないね」

「は、放してっ…!」


いきなり、ぐい…と腕を引かれ男の方へ引き寄せられる。


そして、瞬きする間もないままに視界がぐるりと反転した。


「痛っ…」


体を思いきり強く押え込まれて、激痛が走る。


目の前には、男の興奮した気持ちの悪い顔。


押し倒されたのだと気づいた時には、もう遅かった。


「さぁ、キラ君…僕とイイ事しよう」


この男は、先程までとはまた違った危ない目をしていた。


獲物を捕らえて食い荒らそうとする獣のような目。


僕は女の子でもないのに、本気で貞操の危機を覚えた。


「ひっ・・・。いやぁ・・・」

「抵抗しても駄目だよ」


「助けて、助けてよぉ…誰か、誰か…」


そう叫びつつ、頭のどこかでは諦めが漂っていた。


……誰も助けに来るはずなんて無い。


だって、芸能界に入ってまだ日が浅い僕には友達や知り合いなど少ないし、マネージャーさんは会議で夜まで不在。


それに、こんな片隅の使われていない物置などに、誰が来るというのか。


例え僕の叫びに気が付いた人がいたとしても、芸能界はトラブルに介入しないのが基本だ。


下手に首を突っ込んで、騒動に巻き込まれる恐れる事を皆が怖がっている。


だから、ムゥさんだけが最後の希望だったのに。


彼は僕をデビュー前から可愛がってくれた。
いつも、気にかけてくれた。


だからムゥさんなら助けてくれると思ったのに。


確かに僕は彼にふられて、別れてしまったけど、恋人として共に歩んだ日々は本物だったはず。


電話だって、やっとの思いで掛けたのに…。


―――――それなのに…。


『お前から電話が掛かってくるとまずいんだよ。もう掛けてこないでくれ』



その言葉を思い出すだけでも、胸が張り裂けそうだった。


辛くて、苦しくて、消えてしまいそうな衝動に駆られる。


ムゥさんに見捨てられた瞬間、何もかもが真っ黒になって放り出された気がした。


「ひひ…キラぁ…」

「…………っ…」


男の狂ったような指が、僕の肌を伝う。


抵抗しようにも、さっきのショックで力が湧いてこなかった。


「ひゃっ…」


びりり…と、鈍い音を立てて衣服が破られる。

晒される素肌に、男は舌なめずりするのが見えた。


「さぁ、キラ。僕のモノになるんだよ」


もう諦めるしかないのだろうか。


こんな思い込みの激しい、最低の男に好きなように扱われるのを耐えるしか…。


抵抗しても暴れても、鍵が開かないのではずっとこのままだ。


誰か助けに来てくれない限り、ずっと。


男の好きなようにさせて気が済むまでじっとしてるしか、開放される手段はないのかもしれない。



『キラ、大丈夫か…?』


全てを諦めて目を閉じようとした僕の脳裏に、ふと大事な相棒の声が聞こえた気がした。
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