短篇&キリリク
□CRSTAL MERODY 4章 前編
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・4・ キラの危機
「どうしてだ、キラ。もう、歌えないって…」
朝、二人で一緒に家を出てスタジオ入りし、挨拶した後で練習室にいく。
そうして番組の収録の用意をして、台本を片手に声出しを開始するはずの、そんないつもの朝。
だけど、いつもと違うところが一つ。
練習を始めようと意気込んでいた俺に、キラから信じられない宣言をされた。
「大手番組の収録は、あと数時間後なんだぞ?」
控えている収録は、平均視聴率20%を超える超人気歌番組のもの。
それを目の前に、歌えない…では困る。
「首を振るだけじゃ分からない。」
先ほどから、理由を問い詰めてもキラは俯くばかり。
何も話さず黙ったまま。
普段なら、言いたくないことは無理して聞き出そうと思わない。
だが、俺達もプロだ。
依頼された番組で、歌えない…では困る。
仕事がかかってくる以上、甘いことをいってられない。
「キラ…」
意を決して、もう一度問い掛けるべく言葉をつむぐ。
そして、相手の視線に瞳を合わせて、ゆっくり問い詰めた。
「理由があるなら聞くから。ちゃんと、訳を話してくれないか?」
「………」
「黙っているだけじゃ、俺も対処のしようがない。」
落ち着いた声で優しく言えば、キラは重い口を少し開いて呟いた。
「だめなんだ…」
「何が・・・?」
「歌おうと思っても・・・声が出ない・・・。」
「どういうことだ?昨日まで、大丈夫だったじゃないか」
今だってちゃんと声は出ているし、枯れているようにも聞こえない。
俺が見る限りでは、歌うことに何ら支障が無いと思われる。
「風邪か、何かか?」
「そうじゃない」
「じゃあ…なんで?」
「もう意味がなくなった…から」
「それは、どういう…」
キラは静かに顔を上げた。
俺は、その表情に息を呑む。
いつもキラキラと輝いていた瞳は色を失くし、肌の色は青じんで、まるで死人のよう。
そうして、いまさらのように実感する。
キラは、まだあの男に捨てられたダメージから立ち直れていないのだ。
あの男とトラブルがあった夜から、キラはほとんど何も食べず、夜も寝ないで…。
いつも何かに苦しめられている様子だ。
どうして、こんなにキラだけが…。
「僕の歌は、大切な人に聞いてもらう為のモノだ。僕にとって大事な人はムゥさんだけで…」
そう悲しそうに呟くキラ。
弱弱しく愛しい男を語るその姿に、抱きしめてやりたい衝動に駆られた。
「でも、もう…。僕の歌に、意味がなくなってしまった・・・。彼は、もう僕のことなんてどうでもいいんだ。そう思ったら、目の前が真っ暗になって」
言葉に連動するように、紫の綺麗な瞳から、ぽろりと涙が零れていく。
「今までのように、声を音に乗せようとすると、あの人の顔が浮かんで…。僕をふったときの言葉がグルグル回って…。何がなんだか分からなくなってくる」
「キラ」
「僕だって、歌いたい。歌うことは好きだから…。こうなったときに、すごくびっくりして。何とか直そうとした」
「………」
「でも…。いざ、歌うために声を出そうとすると、言葉が出ない。声が引きつる。目の前が、真っ暗になって…。涙が出てくるんだ。」
そうして、本当に辛そうにキラは胸の内を明かしていく。
「こんなことでは駄目だって。収録だってあるし、仕事に私情を挟むなんてプロ失格だし、迷惑掛けるって分かってるけど…」