MEGANE

□かつたん
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 きょうは おおみそかです。

 おとといまで しごとがいそがしくて じゆうなじかんをとれなかった かつやくんとたかのりくんは、きのうからふたりで たがいのへやの おおそうじをしていました。

 きのうは かつやくんのへや、きょうは たかのりくんのへや。

 きのう べつべつにかたづけていれば、きょういちにちは ゆっくりとすごせたのではないか、とおもうのですが、いちにちたりとも はなれたくないふたりは、ねんまつぎりぎりまで そうじ、というはめにおちいっても、いっしょにいることを えらんだのでした。

 あいかわらずの ばかっぷるぶりです。


 とはいえ、ふたりはもう いっしょにくらしているようなものですから、かつやくんのへやは ほとんどつかわれていません。
 いっぽうの たかのりくんのへやも、いぜんからハウスキーパーによって きれいにととのえられていましたし、おとまりになれてからは、かつやくんがきっちりと かたづけていましたので、どちらも むちゃにほねのおれるさぎょう というものは ありませんでした。


 エプロンにさんかくきん、といういでたちに、てには はたきをもった かつやくんが、リビングを とおりかかりました。

 ローテーブルにおかれた こばこにめをとめ、かれはそれをてにとりました。

 それは つうじょうのものよりちいさく、まるで こどものままごとあそびにでも つかうようなおおきさです。
 しかし、なかには やはりちいさなたばこを きちんとつめこんでいて、あのひの『かれ』のそんざいを あざやかにおもいださせるのでした。


「〈俺〉…、忘れて行っちゃったんだな……」

 しみじみとみつめていると、ふいにうしろから こえをかけられました。

「どうした?」
「いえ……」

 ふりかえり、かつやくんは てのなかのものを かるくふってみせました。
 いっぽんだけぬかれた たばこのすきまのせいで、あかぬけたデザインのはこは、かさかさと かわいたおとをたてます。

「〈俺〉も……祝ってやりたかったな、って……」

 ほほえんだかつやくんは、そのえがおが どんなにはかなげなものなのか、きづきもしません。

 ただ、ひづけがかわったしゅんかんに たかのりくんにもらったしゅくふくのことばを ひとりじめしていることに、ほんのすこしのうしろめたさを かんじてしまうのでした。

 そんなかつやくんを せなかからだきすくめ、たかのりくんは さんかくきんとはたきをうばいとり、なげすてました。

 うなじに、ほほに、くびすじに、みみに。くちづけのあめがふると、かつやくんは べつのところに それをほしがって、くびをめぐらせました。

「ん、あ……、み、どう、さん……」
「克哉……」

 とたんにピンクいろになる ふんいきに、かつやくんは すぐながされてしまうのです。
 くちづけは やがてふかくなり、かつやくんは いつのまにか、ゆかに おしたおされていました。

「や、御堂さん、待って…」
「待たない」
「だって……掃除がまだ、済んでないし……」
「……嫌なのか? だったら無理強いはしないが」
「……嫌じゃ、ありません…」

 まっかになって そういうと、たかのりくんは あまくわらいました。つられて かつやくんも、くすくすとわらいだします。

 ねつをたたえたひとみのなかにうつる それぞれのすがたが、まぶたのうらに きえようとしたとき。


 ふたりのあいだに、みょうなたいせきと せっぱつまった ひめいのようなこえが。


『く…、苦しい! 早く退け、御堂!!』
「え!?」
「さ…〈佐伯〉、か?」


 もがもがと もがく ちいさなぶったいが、どういうわけか、かつやくんとたかのりくんの おなかに はさまれていたのでした。

「お…、〈俺〉!?」

 たかのりくんが あわててかつやくんのうえから からだをずらすと―――。

 ちいさな〈かつや〉くんが、かつやくんのエプロンのおなかのうえで ぐったりと ふせっていました。

「ちょっと、〈俺〉!? 大丈夫か!?」
『…………これが大丈夫なように見えるのか、お前には』

 〈かつや〉くんを おっことさないように しんちょうにじょうはんしんを おこし、でも かつやくんのおなかにもたれたまま ふきげんそうに ぶつぶつともんくをいう こえをきいて、かつやくんは ほっと むねをなでおろしました。



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