MEGANE

□The Sleeping Sweet, Sleeping Cool.
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  The Sleeping Sweet.

 マンションの自室で持ち帰った仕事を漸く片付け、整った容貌にほんの少しの疲労を滲ませながらリビングにやって来た御堂は、室内のある一点に目を留めた。

 視線の先。ソファに腰掛けた姿勢からそのまま横に倒れるようにして、彼の恋人は穏やかな寝息を立てている。

 せっかく二人でいられる休日の何分の一かを御堂の仕事に奪われ、それでも克哉は文句も言わずに笑って待っていてくれる。
 その理解と協力は心底有難いのだが、少しくらいは可愛らしい恨み言を聞いてみたい、と思ってしまうのは、それこそわがままだろうか。

 ソファに歩み寄ると、御堂は克哉の手から用済みになった雑誌をそっと奪い取り、彼の頬に指を伸ばした。
「克哉…克哉、起きなさい。こんなところで転た寝をしていると風邪をひくぞ」
 だが、起こす気のあるんだかないんだかわからない低い囁きは、恋人の意識を浮上させるには至らなかった。克哉は御堂の声に呼応するように、へにゃ、と笑み崩れるだけだ。

「全く、また君はそんなにだらしのない顔を……」
 苦笑を浮かべながらソファの下に膝を着き、もう恐らく唇が触れていないところはないだろう端正な寝顔を飽かずに眺める。すっと通った鼻梁を、形のいい額を、滑らかな頬を、数え切れないほど貪った薄い唇を。
 そして、優しい光を湛える瞳が瞼の裡に隠れているだけでこんなに幼い印象になるものなのかと、深い眠りに落ちた克哉を見て、いつも御堂は嘆息するのだ。

 御堂は克哉の唇に自分のそれをそっと押しつけた。そのまま、愛しげに彼の名を呼ぶ。
「克哉……」

 その時、御堂は唇に触れているものが僅かに歪んだことに気付いた。
 目を覚ましたのかと顔を離すと、瞳を固く閉ざしたまま、克哉の唇は穏やかな笑みを象っている。
 それはすぐに消えてはしまったが、彼は確かに、楽しい夢を見ている子どものような、とてもしあわせそうな笑みを浮かべていたのだ。

「克哉…?…克哉」
 御堂は何度も何度も愛しいひとの名を口にした。そして克哉は、何度も何度も微笑みを浮かべる。一度として、御堂を裏切ることなく。
(…面白い……)
 御堂は声を抑えて肩を震わせた。いや、震えているのは心かも知れない。
 彼を愛しいと思う気持ちが膨れ上がって、今にも弾けてしまいそうだ。

「君は、どれだけ私を煽るのが上手いんだ。一体どこで覚えて来る?」
 目が覚めたら、きっちり聞かせて貰おうか、克哉。耳許で囁いた言葉に、やはり彼は微笑みを浮かべた。


 まあ、急ぐ必要はないか。克哉のこんな細やかな安寧を守るのも恋人たる私の役目だろう。


 僅かも離れ難いと思う気持ちを叱咤し、御堂は毛布を用意するために寝室に向かった。





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