MEGANE

□キスをしよう
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「あの、御堂さん、……あの」
「どうした、佐伯」

 週末を御堂のマンションでこってりみっちり過ごし、休日がもっと続けばいいのに―――と、相手が考えているとは互いに知らない月曜日の朝。

 情事の名残など微塵も感じさせず、きっちりとスーツを着こんでいる恋人に、克哉はおずおずと声を掛けた。

「あの…えっと」
 頬を染めて俯く姿は、とても可愛い。25歳の男性には相応しくない形容だと指摘されればそれまでだが、可愛いものは可愛いので仕方ないのだ。

 開き直り気味の部長は、ひとしきり恥じらう克哉を堪能した後で、その頬にそっと指を這わせた。ぴく、としなやかな身体が反応する。

「言いたいことがあるのなら、はっきり言いなさい。…君は私に、何を期待している?」
「期待、なんて…」

 一度は視線を上げたものの、御堂と眼が合うと、克哉は再び顔を伏せてしまった。今度は耳までを赤く染めて。
 御堂のスーツの袖を遠慮がちに掴んで、彼は深呼吸した。―――何をそんなに緊張しているんだか。

「あの。オレ、ちゃんと…御堂さんとキス……したいな、って……」
「…………は?」

 咄嗟に言葉が出なかった。
 自分もキスは嫌いではない。だからしつこいまでに唇を貪った自覚があるのに、それでも克哉はまだ満足していなかったのか?

 器用に片方の眉だけ吊り上げた御堂に、克哉は慌てて言い募った。
「えっと!その……、あ…貴方のことが好きだって気付く、前、には、もう初めてのキスを済ませてしまって、いたから。だから」

 想いを交わし合ったばかりの恋人のようなキスが欲しいんです。女の子みたいだって、御堂さんは呆れるかも知れないけど、と。
 普段自分からは口にすることのないおねだりを御堂にぶつけ、克哉は重大な任務を果たしたかのようにほっと息を吐き出す。

 御堂は顎を擦りながら、考え込んだ。

 そう言われて見れば、自分たちには初々しさが欠けているかも知れない。
 いや、御堂に身体を許す時の克哉は、壮絶なまでの艶を纏う。そのくせいつまで経っても恥じらいをかなぐり捨てないその様は、確かに初々しいと表現しても違和感の無いものだ。
 と言うことは、初々しくないのは御堂ひとり、ということになるが。

 ……加えて至極当然のことではあるが、克哉とのなれ初めが『普通』とは程遠いものだという自覚も、存分に、ある。

「…………ふむ」
 小さく唸ると、御堂は克哉の手を取った。



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