TREASURE

□くまちゃん郵便(中編)
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会計室は奇妙な空気で固まった。
 さっきまで憎らしいほど落ち着きはらってた七条まで珍しく慌ててテーブルを占領した服の山を紙袋に突っ込んだ。
 コイツにしちゃ粗雑な仕草だなぁと見てる俺にチラリと向けた目には動揺がある。
郁ちゃんは額に指を押し当てて沈黙してたが、気を取り直して七条から受け取った紅茶を飲んだ。

「遠藤、紅茶を飲んで落ち着くんだ」

「さぁ遠藤君、ピーチパイも召し上がってみてくださいね?」

七条は遠藤の背中を撫でながら郁ちゃんと遠藤を等分に見た。
 遠藤は口を閉じて頬を膨らませたままでなぁ。

「郁、頭ごなしでは遠藤君が傷つくではありませんか」

「臣は遠藤を甘やかすばかりだな。私だけが憎まれ役か?」

「僻んだ言い方しないでください。僕は穏やかに言ってあげてほしいと思っただけですよ」

 なんだか知らねぇけど遠藤が女モノの服を作って自分と俺に着せようとしたのが相当マズかったらしいな。

「遠藤よ、郁ちゃんはきっとおまえのことが心配で、それでついキツい言い方しちまうんだ」

遠藤はムスッとした表情を和らげると潤んだ目で俺に訴えかけた。

「王様、西園寺さんも松岡先生も俺がハメを外すと凄く怒るんです。この前、紙を食べたのも、女装して新聞部からかうのも、王様の半径20b以内に近づくのもあれダメこれダメって、俺は小さい時からダメに囲まれてきたから人がやらないことやってストレス発散したいだけなのにっ!」

あん!?俺の半径20b以内に近づくなって郁ちゃんどういう意味だっ!?
 反射的に郁ちゃんを睨むと文句があるかとばかりに睨み返された。
 けど遠藤は俺たちの様子などおかまいなくプンスカと白桃みたいな頬を膨らませて喋る喋る・・・
 その語尾は緩んで甘ったるくて、ドンドコと床を両足で踏み鳴らす駄々っ子ぶりには俺も呆気にとられちまった。
けど不思議にも小鳥の囀りを聞いてるみたいな眠気に襲われてよ・・・
 ふと見ると七条は目尻を下げて再び遠藤の背中を優しく撫で、郁ちゃんは遠藤に怒るかと思いきや今度は優しく静かに言い聞かせた。

「遠藤、おまえはだいぶ疲れているのではないか?心も体も疲れていて、だから現実逃避したくなるのだ。しばらくゆっくり休むがいい」

 遠藤は言われて首を傾げたが、俺、郁ちゃん、七条を順に見て

「俺、疲れてるように見えますか?王様も七条さんもどう見えます?」

「自分では気づかない疲れというのもありますよ?」

「俺には元気そうに見えるけどよ、でも七条の言う通りかもしれねぇぞ?」

 遠藤は小さく溜息を吐いて立ち上がると服の入った紙袋を大切そうに胸に抱えてドアに向かった。

「お騒がせしてスミマセンでした。最近、学生会室に行かないから王様に会う機会も少なくて、ここにいると啓太から聞いて来たんですけど、お話の邪魔しに来たみたいですみません。俺部屋に戻りますね。皆さん失礼しました」

荷物抱えたままペコリと一礼して出て行った遠藤、気のせいか後ろ姿がショボンと淋しそうでな。
正直あの服の山には面食らったが俺に着せたくて遠藤が手作りしてくれたと思うとよ、ロクに話もしないうちに帰したようで不憫になった。

「丹羽・・・」

「なんだ郁ちゃん」

「おまえは遠藤に同情してるのだろう?」

「いや、その前に驚いたっていうかよ・・・」

意外にも郁ちゃんの目は俺を見る時の険しさはなく憂いを帯びていた。

「時々、ああなる・・」

「小さい時から厳格に自由なく育てられてきたようですから、自由な空気に触発されると解放されたい自我が顔を除かせるのでしょうね」

「遠藤の話だよな?」

「他に誰の話をしていると思うのだ?」

 郁ちゃんがまた少し顔をしかめた。

「いや、今まで俺が知ってる遠藤はもっと如才なく人の面倒見る側のタイプに見えたからよ、さっきのああいう姿は別人みてぇで」

「遠藤君は献身的に人の面倒を見たがるのですよ。特に伊藤君のことですと無茶します。会長のことも最近は色々と騒ぎがあってから危なっかしくて心配だと言ってましたよ?」

これにはビックリしちまった。
 この俺がふたつも年下の後輩から危なっかしいなんて見られてたとは、いや、逆だろうが?
さっきの様子を見ると感情の振り幅が広い遠藤のほうがバランスの悪いガラス細工を見てるみてぇで危なっかしいと思ったな。
 いや、感情の振り幅というなら俺や啓太も同じだ。 郁ちゃんだって激しさと冷静さは極端だよな。
 けど、さっき見た遠藤は普段のアイツとは異質で子供に退行したかのように駄々っ子丸出しだった。
 解放されたい自我が顔を覗かせたという七条の表現は言い得て妙な気がする。 俺や啓太や郁ちゃんは同じ軌道の範囲で感情の起伏を示すが、あんなふうに人格が豹変したかのような不安定さはない。
 あの子供そのものの表情や振る舞いとの落差を考えると、普段それだけ遠藤は特殊な何かに抑制されて生きてるってことかもしれねぇ。
 そう考える一方で俺は遠藤に心配されてると知って妙にくすぐったい戸惑いも覚え始めていた。

「あのよ郁ちゃん、さっきの話だが俺の半径20b以内に近づくなと遠藤に言ったってのはどういうことだ?遠藤が心配なのはわかるが松岡先生までそう言ってるとあっちゃ穏やかじゃねぇ、なんでだ?」

「貴様は騒ぎの超本人のクセに何も理解できてないのだな?遠藤は人を守るためなら火にも飛び込む性格だ。先日も貴様の山羊発作に見兼ねて、しかも荒れてるおまえから啓太を守るために穏やかにコトを収めるべく一緒に馬鹿げた真似をしたのだぞ?紙まで食べて吐かされた挙げ句、偶然とは言え激突事故だ。近づくなと言いたくなるのも当然ではないか」

・・・なんだとぉ!?
遠藤も手帳を食ったのは俺に共感したからじゃねぇのか?
考えたら俺はあの時、頭に血が昇って遠藤があの場を巧く収めてくれたとは夢にも気づかねぇでいた。  取材騒ぎも元はと言えば俺が無頓着に騒いだ自業自得だ。
 それでまた荒れ狂った弾みで危うく俺は遠藤を・・・・・

「やっと自分の無鉄砲さが遠藤にどう危うく作用するか飲み込めた様子だな丹羽?」

「半径20b以内というのは会長の身体能力を考えて、遠藤君に回避できる距離を目算して伝えた目安なのですよ」

「全力疾走した時の丹羽は100bオリンピック予選並みのタイムだな?10b手前では気づいて1秒弱、これは厳しいが20bなら2秒これなら遠藤には回避可能だ。丹羽は不愉快だろうが先日のようなことがあるとそこまで考えても仕方なかろう?」

「・・・面目ねぇ。そこまで郁ちゃんたちに心配かけて、これからは爆走しねぇようにする」

頭を下げた俺に郁ちゃんは穏やかに笑った。
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