TREASURE

□人外(鬼+悪魔+猫)篇
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 ベルリバティ学園、とある日曜日の夕刻のこと。
 
 学生寮の食堂は平日の同時刻、混雑ピークの時間帯よりも幾分閑散として、のんびりした空気が漂っていた。

 週末の外泊や外出で生徒が少ないせいか、満席になることもなく、食事を終えた生徒達も茶を飲みながら、そのまま気心の知れた仲間と雑談のひとときを楽しんでいる。
 
 その時居合わせた生徒が後日語った話によると、その和やかな夕刻の食堂が突如、魔の刻、ブラックホールに変貌したという。
 
 今さっきまで談笑する生徒のざわめきで和やかだった空間、それが時間にして十秒も数えぬ内に、ピントの狂った悪夢の小劇場に変わったのだ。

 その狂言回し、七条臣はかなり前から食堂で時間をつぶしていた。
 自前の魔法瓶の紅茶を味わうかたわら、生物教師の三毛猫に唐揚げを食べさせていた。
 時おり猫に囁きかけている。

 常に忙しい会計補佐の彼が、ひとり食堂でのんびりするなど珍しいと誰もが思ったが、そこまでは何ら問題ない光景である。
 
 だがしばらくして、不敵なオーラを纏いながら傲然と入ってきた人物を見るや、にわかに誰もが黒い不安に見舞われた。
 
 脇の下からじわじわと嫌な汗が吹き出す。
 
 彼の登場で、その場は一斉に静まり返り、一同、固唾を飲んで、その動きを見守った。
 
 すると全員の願いを無残に裏切り、なんと彼は当然のように七条の真向いの席に座ったのである。

 ワケがわからないが役者は揃った。
 
 長い足を組み尊大にふんぞり返って座る美貌の鬼。

 背筋をピシリと伸ばし、小マダムのごとく膝に手を揃え、うわっ面だけ慎ましやかに見せている銀髪悪魔。

 その隣の椅子には、ぽってり豊かな毛皮腹を突き出し、後ろ足を広げて座る奇妙に人間臭い大きな三毛猫。
 
 あきらかに何かが始まる布陣とわかる。

 こうなると、どんなに鈍い生徒も碌でもない予兆に恐怖し、あたふたと逃げ出す態勢に入った。
 
 だが口火を切った男の強烈な邪気にやられ、全員そのまま精神的拷問へと引き摺り込まれていったのである。

 その男、精神衛生の破壊者、某学生会副会長は、凶悪な本性にそぐわぬ白皙な美貌に冷笑を滲ませ悪罵を放った。

「おい、俺の対戦者が犬猫畜生とは何の冗談だ」

「ブーニャ!ブニャニャニャニャ!!(怒)」

 侮蔑もあらわな鬼畜の口撃を迎え討ったのが野太い猫の鳴き声とは、その珍妙さに凍っていた空気がわずかに弛緩した。

 だが狂人か悪魔ゆえの言語力か、猫の通訳らしき会計補佐の言葉が、再び周囲を瞬間凍結させる。

「ええ、わかってますともトノサマ、生まれながらの人外野郎に畜生呼ばわりされるなんて世も末だ、ですね?それは僕も同感ですよ」

「黙れよ犬、本音は自分の言葉で言ったらどうだ。猫が喋るとやらいう茶番はやめろ」

「何をおっしゃいますやら。トノサマは本気であなたにお怒りですよ」

「ブニャーニャ〜ン?」

「おまえの相棒を腹ごなしに可愛がってやろうか?と言ってます」

「やってみろ。おまえの将来は三味線の皮だ」

「あなたらしい動物虐待発言ですね。毛色の変わった脅し方ですけどトノサマには無効ですよ」

 ニコニコと朗らかな笑顔を浮かべて見せる悪魔。  状況にそぐわぬ掴み所のない笑顔は鉄壁の防御バリアーか。

「フン、化け猫退治は社会貢献だ。動物虐待とぬかすなら逆に聞きたいんだがな、貴様も化け猫も、日頃、自分が何をやってるのか自覚はないのか?」

 この間、リングサイドの生徒達は、命はかない蝉のごとく壁に貼りついたり、テーブルの下で悪寒に震えていたりする。

 逃げ出す体力も気力も奪われながら、そのくせ怖いもの見たさの野次馬根性からか、彼らの聴覚だけは異様に研ぎ澄まされていた。

「中嶋さん、遠回しに言われてもサッパリなんですけどね」

「貴様らのやっていることは動物虐待どころか人類虐待そのものだと言っている。妖しい呪術だのハッキングによる理事長虐待、ついでに学生会長虐待も立派な犯罪だな」

「ブニャン、ニャーン」

「変態鬼畜眼鏡野郎が善人ぶってオレやシチジョーを犯罪者呼ばわりするとは笑止だなと、おっしゃってますが」

「ブニャッ、ブーニャニャ!(怒)」

「獣の通訳はいらん。俺は祇園の座敷で芸妓の三味を肴に一杯やる趣味もあるんでな、立派に往生しろよ化け猫。さぞかし希有な音色だろうな」

「ブニャ、ニャ、ニャ♪」

「残念でしたね中嶋さん、三味線の皮には若い雌猫じゃないと価値がないそうで、そんなことも知らないのかと。それとですね、呪術を犯罪呼ばわりなさるからには、その効果をお認めになるのですね?」

 マニアックな知識でやりこめられ癪に触った中嶋だが、斜にかまえた姿勢で七条と三毛猫を見比べると、冷たく整った容貌にニヤリと人を喰った笑みを浮かべ

「貴様そう胸張るからには他人に仇なす呪術とやらをやったと認めたも同然だ。どうせ筆頭の餌食は俺なんだろ?生憎、健在で悪かったな」
 
 挑発的な所作で自身の左胸、心臓部を軽く叩いた中嶋に、七条は更なる深い微笑みを向ける。 
 
「フッフッフッ、300年くらい生き長らえそうな中嶋さんですからね、たかだか50年くらいの寿命を縮めてさしあげるのは僕なりの社会貢献ですよ。それより、そろそろ本題に入りませんか?」

 やはり本題はあったのだ。哀れな泥人形たちも逃げ出さずに耐えた意味に辿りついた。

 軽いジャブ程度の威嚇口撃から、やっと本題に入ると、一番手の三毛猫が高らかに猫語で先陣を切った。

「ブーニャニャ〜ン、ニャニャーン!」

「なんですってトノサマ…あなた学園島唯一の猫の特権行使して、何げにやることがえげつないじゃありませんか」

 猫が何を言ったか、これまで余裕の笑顔で鬼に対峙していた悪魔の紫の瞳も微妙に剣呑な色を帯び始め、声色も冷たく変化した。

「なんだ犬、馬鹿げているが猫語とやらを訳してみろ」

 それまでは椅子の背に体重を預けふんぞり返っていた鬼も、急に身を乗り出し始めた。

 本来、三角関係ならぬ三角対戦と聞いて(←誰に?)挑んだこの修羅場、なのに銀髪悪魔&化け猫のタッグに、うんざりさせられていたのが急に仲間割れの気配を起こしたのだ。     
 これは多少面白くなってきたと内心、鬼はほくそ笑む。

「…エンドーに唐揚げを貰う時、オレはヤツの手の平に乗せたままの唐揚げしか食べないようにしている。食べ終わった後にアイツの手の平をペロペロと舐めてキレイにしてやると気持イイらしい、ウットリして身をよじる。その艶っぽさときたら、短毛種のプリンス、アビシニアン以上だと」

 この禍々しい三角対戦の目的が見えた。
 エンドーとは誰あろう遠藤和希、本人だけは気づいていないが、あの憂いを秘めた淡い水彩画芸術のような色香で学園中の男子を虜にする佳人のことだ。

 これで泥人形どもの意識が覚醒された。
 彼らとて年頃の男子、恋は盲目なのである。 
 しかも察するにこの対戦、先日の「自分は和希のこんな可愛いとこ知ってる」大会第二弾ということか。

 あの時は確か王様に金髪テニス王子、それに黒髪の若君さえも、学園一の幸運少年の一撃で三者まとめて引導を渡され魂を抜かれたのである。
 寮長の若君にいたってはショックのあまり、夜の7時から点呼開始で不在者続出という失態までおかした。
 その対戦を、この顔触れでやるというのか・・・。

 聞かされている面々は急に心中密かに遠藤が気の毒に感じ始めた。
 揃いも揃って学園最強の魑魅魍魎の類ばかり。
 ついでに猫がその一角を占めているというに至っては、自然科学の法則をブチ壊すオカルトな景色と言う以外ない。

 しかも猫の分際で佳人のあの白く美しいの手の平を舐めまくって感じさせているという爆弾発言である。

 これにより、さきほどまでの禍々しい冷気の中に何やらいかがわしい空気が濃厚に混ざり始めた。

 可愛いとこ知ってる対決、のっけから猫のエロ技自慢である。
 エロともなれば、その一大権威たる鬼が黙って聞いてる筈もない。

「ほう、貴様がブタ猫で化け猫なのは知っていたが、ついでにバター猫か。猫の分際で人間相手に食欲と性欲を同時に満たしているとはいいご身分じゃないか。。だが手の平などいくら舐めたところで遠藤をイカせられるわけじゃあるまい。所詮、中途半端な技だな」

「それについては珍しく僕も同感ですよ。ねえトノサマ、遠藤君はあなたに手の平を舐められて感じているのではなく、単にくすぐったいから身をよじられたのだと思いますよ?」

 この、鬼と悪魔が同じ側に立つという世にも珍しい展開に一同は瞠目した。

 だが邪悪二強を相手に、おめおめと引き下がるような獣ではなかった。

「ブニャ〜ン、ニャニャニャ〜ニャ?」

「おや、中嶋さん、僕とあなたにトノサマからの質問だそうです。おまえら俗に言う猫舌に裏の意味があるのを知っているか?と」

 大胆不敵にも学園の頭脳たる秀才ふたりに向かって猫が日本語の出題である。

 フンと、すかさず中嶋が鼻先でふてぶてしさ満開に笑って見せた。

「獣がこの俺に向かって日本語の知識を試すとは上等じゃないか。猫舌がどうだと言うんだ?そんなもの熱さに弱い舌と言う以外に何の意味がある」

「ブーニャニャニャ、ブニャーンニャ」

何やら得意気な鳴き声、それを通訳する悪魔の顔は、無表情にこわばっていた。            「ああ、そういうことですか。訳しますとね、おまえら無知だな。猫の舌は人間のツルンとした舌と違い精巧な作りをしている。この舌は性的快感を与えられるのさ。まぁオレがその快感を与えてやるのはエンドーだけだがな。これはどうやら日本語の知識ではありませんね中嶋さん、快感云々ですから保健の分野でしょうかねぇ」

 猫のご高説に憮然としたのは悪魔だけではなかった。
 獣に無知呼ばわりされ、忌々しげに無言で猫を睨みつけていた鬼だが、スラリと長い指先でコツコツとテーブルを叩きながら、おもむろに口を開いた。

「結構じゃないか。結構毛だらけ猫灰だらけ、体毛の下は脂まみれだ。毎日、唐揚げの食い過ぎでポックリ早死にしなきゃいいがな」

 猫に遣りこめられた悔しさからか、どっかで聞いたようなセリフで揶愉する鬼。
 だが寒い、と密かに全員が思った。

「おや中嶋さん、あなたまさか、かつての国民的お正月映画がお好きとか?」

 顔の下半分だけで微笑みながらツッ込む天敵に、鬼のこめかみがヒクついた。

「俺が爺ぃ婆ぁの集団と一緒に浅草の映画館の前に並ぶと思うのか。犬の挙げ足取りには付き合わん。さっさと本題に戻れ」

「よろしいでしょう。僭越ながら僕がトリを取らせていただきたいので、お次をどうぞ中嶋さん」

「何でもいいが、さっきから何故貴様が仕切ってるんだ?」

「あなたにトノサマの通訳が勤まるのでしたらどうぞ?」

「いや、いい。人間に獣の通訳は不可能だから。俺は肝心な本題に専念させてもらおう」
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