MEGANE

□のんびりな恋
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 克哉は心の中で頭を抱えていた。もちろん『心の中』だけで、だ。
 実行すると、間髪を入れず隣席の藤田からツッコミが入ってしまう。普段はニブいと言ってしまっても差し支えないほどの天然のくせに、時折妙に核心を突いてくる藤田から。


(あああ〜どーうしたらいいんだろうオレぇぇ!!)

 思い返しただけでいたたまれなくなる。



 絶対、昨日の自分は普通じゃなかった。きっと酔っていたのだ。まさか、あんな大胆な事を口走り、しでかしてしまうなんて!

 ……しかし、同時に自分が一番よく解っている。あの程度の酒量ならば、佐伯克哉の強靭な肝臓は難なくそのアルコールを分解してしまうことを。


(別に御堂さん、オレのことを好きだって言った訳じゃないんだよな。なのに勝手に勘違いして、ドキドキして、挙句に……! うああああ!!)
「………さん?」
(御堂さんにどんな顔して会えばいいんだよ! もう今日はラボに引きこもっちゃおうかなぁ)
「……きさん、佐伯さん」
(あ、でももし御堂さんもラボに用事があって、鉢合わせになっちゃったらどうしよう……。 オレ、川出さんたちに訝しがられないで御堂さんと普通の会話する自信、全然ないんだけど!)
「佐伯さん!」
「うわ、はい、すみません御堂部長っ!!」

 ガタンとチェアを鳴らし、慌てて立ち上がると、そこに鬼部長の姿はなく。代わりにと言ってもいいものか、焦ったような藤田の顔があった。
 周辺から聞こえる抑えた笑いと決して冷たくはない視線を幾つも感じながら、克哉は肩を窄めてチェアに掛け直した。何とか絞りだした「すみません」が我ながらまた何とも弱々しくて、頬に更なる熱が集うのを自覚せずにはいられない。

「すみません、俺……。まさか佐伯さんがあんなにびっくりすると思わなくて」
「ううん、藤田くんが謝ることじゃないよ。仕事中に考え事してたオレが悪いんだし」

 心底申し訳なさそうに眉を下げ、頭を下げる藤田に、「現実に引き戻してくれてありがとう」と笑い掛ける。そんな克哉の様子に、藤田も漸く安堵の笑みを見せた。

「ホント、真剣に悩んでるみたいでしたね、佐伯さん。何を考えてたんですか?」
「……え」
「真っ赤になったり真っ青になったり、ちょっと嬉しそうだったり困っていそうだったりしたから」
「あ、あの。藤田くん?」
「ひょっとして佐伯さん、思い切って好きな人に告白したのかなぁって」
「……っ!」
「なーんて! 佐伯さんモテるから、告白される悩みの方が多そうですよね!」

 ……けらけらと笑う藤田はただ者ではないと、心から思う。

「よく佐伯さんのこと訊かれますよ? 恋人はいないのかとか、どんな女性がタイプなのかとか。
ねぇ、今度その辺詳しく教えて下さいよ〜。こないだも秘書課と総務の女の子から」
「あ、あの、オレっ!」
「へ?」
「ごっ、ごめん! ラボに行ってこなくちゃいけないの、忘れてたんだ。 川出さんに試作品の状況聞いてくるねっ!」
「え!? 試作は来週に試飲って昨日佐伯さんが」


 藤田の問いに答える余裕もなく、克哉は1室を飛び出した。
 このまま彼の術中(?)にはまってしまうのは、いかにもマズい。昨夜何があったのか、その相手が誰なのかまで、詳細に・しかもいつの間にか白状させられそうだ。ぺろっと。





****

「……俺、何か悪いこと言っちゃったのかな?」
「藤田」
「え? あ、はい、御堂部長」
「佐伯くんがどこにいるか知らないか? このデータの詳細を訊きたいんだが」
「ああ、佐伯さんならたった今ラボに行きましたよ。呼び戻して来ましょうか」
「……そうか。いや、急ぎではないから構わない。折りを見てこちらから連絡しよう」
「わかりました。……それにしても佐伯さんって」
「何だ。佐伯くんがどうかしたのか?」



 ………と言う会話が、問題の上司と年下の同僚の間で交わされていたなんて、当然その場にいない克哉は知るべくもなかったのだった。





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