MEGANE
□暑い日の過ごし方
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「ただいまー」
かちゃ、と小さな音を立てて、背後で扉が閉まる。ひんやりと程よく冷えた空気に体を包み込まれ、オレは思わず安堵の吐息を漏らした。
「おかえり、克哉。外は暑かっただろう? 早くこっちへ来なさい」
近くのコンビニに出掛けただけのオレをわざわざ玄関まで出迎えに来てくれた孝典さんにもう一度『ただいま』を言うと、律儀な『おかえり』と共に唇が落ちてくる。
与えられた幸せと同じだけのキスを返して、オレたちは寄り添うようにリビングに向かった。
………まさか、あんな事態に陥るなんて思わなかったからね。
「さ、さっぶ!!!!」
リビングに足を踏み入れた途端、オレは半袖から覗く腕を両手で擦っていた。
原因は、アレ。フル稼働してるエアコン。
「孝典さん、冷房効かせすぎですよ」
「そうか? 君は外から帰って来たばかりだからそう思うんだろう。すぐに慣れる」
いやいや、慣れませんって。
心の中だけでツッコミを入れつつ設定を確認すると、その温度、なんと20℃。
確かにオレだって暑さに強い方じゃないけど、これはちょっとやりすぎじゃないかなぁ?
「温度上げますよ? こんなの体によくないです」
「あ、こら!」
パネルのボタンを操作する手を、孝典さんが慌てた様子で掴む。28℃に設定し直したパネルを背中で隠して、孝典さんの反撃を封じ込めた。
「確かに今年はいつまで経っても涼しくなりませんけど。だからってこれじゃ、体が冷えすぎて風邪ひいちゃうっていつも言ってるじゃないですか」
「だからちゃんと衣料で調節していると、いつも言っているだろう」
「………」
そう。孝典さんはいつも冷房をギンギンに効かせた部屋の中で長袖を着てる。下手するとベストとかジャケットとかも。
最初はだらしない格好を嫌う孝典さんの性格がそうさせるのかなって思ったけど、だんだんそれだけじゃないってわかってきた。
結論。
孝典さんは、致命的に、暑さに、弱い。
確かに孝典さんの半袖とか想像つかないけどさ(スポーツウェアは除く)、あ、あとノースリーブとかも。似合わなそうって言うか何て言うかごにょごにょ。
だけど、ここまで徹底して暑さを避けるのもどうかと思う。ので、説得の方向を変えてみた。
「地球に優しくないですよ? MGNだってエコを前面に押し出した経営方針を打ち出してるのに、そこの部長さんが環境への配慮を怠るのはいかがなものでしょうね?」
「地球の誕生から約46億年経つが、ここまでの文明を持ち得たのは人間だけだ。私はその叡智を信じている。環境を左右しないエネルギーの確保と安定供給はいずれ確立されるだろう。人間の叡智を見くびるなよ、克哉?」
「…………」
もう。論点が50mくらいズレた上に話が大きくなりすぎて、ツッコむ気にもなれないよ。
だけど。
「ふふっ」
「……何がおかしい」
オレから気まずげに視線を逸らしてるのは、子どもじみたワガママを言ってるって自覚してるから。
「たまには我らが誇るべき叡智の、別の結晶を堪能してみませんか?」
「別の、結晶……? 何だそれは」
ぱち、と無防備に目を瞬かせる孝典さんは、とても可愛い。でもその表情が消えるのが惜しいから、決して口には出さない。(別に彼を照れさせた後の『逆襲』が怖い、なんて理由じゃないからな。違うって、ホントに違うんだってば!)
オレは孝典さんの手を取り、指先にくちづけながらソファに彼を誘導した。
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