拍手お礼

□Bloody Mary
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「なんか適当に頼む」

「かしこまりました」

 
 ふうと息をついて席について言えば、ソプラノの声が帰ってきた。返事を聞いて、もう一度息を吐き出す。

 気分が悪かった。体調がどうのこうのというわけじゃない。体調管理は完璧だ。そうじゃなくて、精神的に気分が悪かった。

 あるファミリーの殲滅が今日の任務だった。別に対して大きなファミリーでもなかったし、殲滅するのが嫌だったわけでもねえ。オレの部隊一つでちょうどよく楽しめた。と、言うと狂人に聞こえるかもしれねえが、楽しまなきゃやっていけない世界なのだ。

 スーツに身を包む大人たちを蹴散らしていく。小規模マフィアだった彼らを倒すのは簡単とは言えないけれど、骨が折れるわけでもなく、無事に終わった。こちらにけが人や犠牲者が出なかったわけではないけれど。でも、部隊の再編は必要なさそうなくらいだ。そんな任務の最後に殺ったのは女だった。少女と言っても頷けるくらいだったな。だけど、ファミリーの一員であるのであれば見逃すことはできない。だから殺した。別にめずらしいことじゃない。何の変哲もないことだ。その後、気分が悪く……と言うより、何かずしりとオレの後ろに、背中に乗った気がした。ああ、忘れていた重みを思い出した感じだ。


「お待たせしました」


 すっと差し出された赤いカクテル。


「Bloody Maryでございます」


 ウォッカベースはあまり飲まないんだが、まあ、たまにはいいだろう。国を越えて、老若男女問わず好まれて飲まれているそれが登場したのは分かる。それにしてもやってくれるな。Bloody Mary――血濡れの少女、か。ふと笑い、グラスに手を伸ばす。目の高さまで持ち上げ、赤をじっと見つめる。オレがさっき見ていた赤はこの赤じゃねえ。もっと生々しい赤だ。頭から、口から、胸から腹から流れ出ていた赤。思い出しながら一口口に含む。

 気分が悪い理由は分かっているんだ。最後に殺ったあの少女のせいだ。いや、それがきっかけで思い出したからだ。あの時の、あの女のことを。

 あれはたしか初めてファミリーの殲滅の任務を頼まれた時だった。別に嫌な任務でもないそれに、オレは今日よりも多い部下を引き連れて行った。まあ、そのファミリーも大して大きいものではなかった。今日と同じようにそこまで大変でもなかったんだ。ただ、最後に殺ったのが今日と同じ一人の少女だった。いや、もう少し大人だったかもしれない。少女と女性の間。今、生きていたら、きっと立派な大人になっていただろう。

 追い詰められたその彼女は……倒れるファミリーの間に座り込み、じっとオレを見ていた。恨みの篭った目ではない。何と言うか……死を覚悟していながらも、どうして死ななきゃならないのかとそう訴えてくるような目だった。だから最後、最期にオレはガラにもなく謝ったんだ。悪い、と。器用な殺り方ができなくて悪いと、未来に幕を下ろすのがオレで悪いと。今日の少女は最期まで逃げ回って銃を乱射して抵抗しまくっていた。だけど倒れるその時、同じ目をした。瞬間、また謝りそうになった。慌てて唇を噛んで飲み込んだけれど。謝罪の言葉を口に出してしまえば、自分の罪を認めることになってしまう。それが怖くて。

 そういうわけでこの記憶がよみがえってきたのだ。あの目はオレの脳裏に鮮烈に焼きついて離れない。たぶん、一生付きまとうだろう。普段使わない銃を使ったのも一つの理由だろう。銃で彼女を殺した。今日も銃を使った。二人が被るわけではないけれど、思い出すきっかけには十分だった。

 で、気分が悪い。それはあの少女を殺したと言う罪の意識がオレにあるからで。情けねえと自分でも思う。なんだただ一人殺っただけじゃねえか。その一人よりも、いままで何人も葬った方がよっぽど罪深いじゃねえか。そう言い聞かせながらも、忘れられない彼女。気分が悪い。自分に嫌気がする。きっとこのまま屋敷に戻っても、一人でまたぐるぐると考えてしまう。忘れたいことがあるからって酒に走るってのはしたくねえとは思っているけれど、ちょっとでも落ち着けば……と思ってここに来た。穿り返された感が否めねえけどな。


「そんなに気に病むことはありませんよ」


 グラスを見つめたまま思いに耽っていると、ソプラノの声が聞こえた。その言葉に思わず顔を上げる。すると彼女はにこっと笑ってもう一度、言った。


「そんなに気に病むことないですよ。ちゃんと生きてますから」


 彼女を凝視する。バーテンには似合わない、幼めの顔立ちの彼女。


「きちんと仕事して、生活してますよ」


 思わず目を見開く。彼女の瞳は覚悟に揺れていて。

 オレはふっと笑った。


「そうか」


 目を閉じ、グラスに口をつける。喉に流れ込む感覚が妙に気持ちよかった。







09/07/21〜09/12/12 拍手お礼

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