Secret Garden  捧げ物と戴き物

□君ありて 幸福
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「迎え、ですか?」
だから、りっくんと呼ぶなと言うのに。心中そうツッコミながらも六合は店長の言葉に少し考えてしまう。彼も彼の恋人も免許は持っているが、車は持っていない。無理しまくって都心に住まう貧乏学生には駐車場代も馬鹿にはならないのだ、ついでに車の維持費も。基本的生活を営む分には自家用車は必要無い。大学の友人達や、プライベートで付き合いのある友人達の幾名かは車を所持しているのだが、彼らに迎えに来てもらうのは一寸気が引ける。かと言って、この手では帰宅しておとなしくしている以外何の役にも立ちそうにないし。いや、まぁそれ以前に怪我した事は後で確実にばれる訳だから、その時に泣かれるのも何だし、今知らせて迎えに来て貰おう、手間が省ける。
六合は自分が怪我した事を知ったら確実に心配しまくって泣くかもしれない、しかし今呼んでも荷物持ちの役にしか立たない事確実の恋人を、呼び出す覚悟を決める。どうせ自分の収入が大幅にダウンする事や、これからの家事分担に関しても話しあわねばならぬのだ。バイトを早退させる事にはなるが、報せるなら早い方が良い。泣かせるか怒らせるのも早い方が良い、だろう、多分。そう決断した六合が店長に告げてから、恋人にメールを打とうとすると。
「あ、りっくん。彼女に迎えに来て貰えば」
「へぇ、りっくんやっぱり彼女いるんだ。」
「そうなの、凄い可愛いのよ、りっくんの彼女。」
アンタ達までりっくん言うな。いや、もうそれに関しては半ば諦めてはいるのだが、六合は店長に返事をする前に怪我した彼が心配なのか、はたまた暇なのか自分を囲んでわいわい騒いでいる二〜三人の同僚が勝手に自分の〈彼女〉を作りあげている事に眉を顰めた。少なくとも六合にいるのは彼女ではなく彼氏で、客観的に彼を見れば可愛くはないだろう。彼を可愛いと形容するのは六合と古くからの友人数人だけだ。六合の恋人を良く評するなら「格好良い。」悪く評するなら「無愛想。」なのだ。恋人である六合からしてみれば、充分可愛いところもあるのだが、他人はそう思わない。悲しい事だが六合本人が100%それを保証出来る。一体誰と見間違ったのだ?とついツッコンでしまう彼。
「俺には可愛い彼女はいないが?誰をみ…。」
「えー?うそぉ。あたしI駅の東改札で見たんだけど、りっくんと仲良さげな、高そうな着物着たショートヘアの女の子。」
「あ れ は お と こ だが。」
「え、じゃあ彼氏?」
「俺がSで見たのはゴスロリ栗色ロングツインテールの可愛い女の子だったぞ?」
「それは、その、知り合いだが。」
「えぇー?俺が見たのは高そうな車に乗ってた、如何にも紳士って感じの人だったけど、で、誰が本命、りっくん?」
アンタらは暇なのか?なぁ、この店は大丈夫なのか?
迎えに来て貰います、との返答を後回しにしてまで、好き勝手に自分の恋人を予想するバイト仲間プラス店長にツッコミつつ否定説明する六合。だが何だか六合を迎えに来るのは彼の恋人と断定して、バイト仲間達は六合のツッコミ否定にもめげていない。しかも全員不正解。六合的に一寸泣けてくる。
高そうな着物を着たショートヘアは認めたくはないが、六合とその恋人の最も親しい友人の一人、太裳の事だろう。彼は現在特技を生かして、アンティークと普段使いも出来る雑貨を置いた小さな店を経営しているが、何故かその際に良く女性物の着物を着用している。本人に言わせると「お店の制服みたいな物です。」という事だが、彼の恋人と〈悪代官と町娘ごっこ〉にでも凝っているというのが真相だろう。ゴスロリスタイルでブラウンヘアのツインテールは、太裳の店でアルバイトしている少女、太陰の事だと思われる。確かに六合は彼女とはそれなりに付き合いがあるし可愛いとも思えるが、六合と太陰では年齢も身長も違い過ぎる。しかし約80センチ近く身長の違う太陰と恋人同士に見られるとは、どちらかと言えば兄のつもりで彼女に接して来ていた六合は少しく落ち込んだ。俺はどんだけロリコンだ?と。最後の高そうな車に乗っていた紳士然とした人物、に到っては論外も良いところだ。それはおそらく太裳の恋人の昌親の事だろう。
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