Secret Garden  捧げ物と戴き物

□花
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光を残したまま眩ゆ気に細められた琥珀色の瞳。

ああ、綺麗だな 。

青龍は素直にそう感じた。琥珀は木々の流した涙だと、遠い異国の神話にあった。悲しくて悲しくて、嘆きの果てにその身を木と化した乙女が、それでも悲しみを忘れられず流し続けた涙が大地に抱かれて琥珀になったと。それならばその貴石を木将である彼が、その身に授かるのは当然であろう。
「宵藍?」
景色を見つめたまま佇んでいる青龍に、六合は戻した視線だけでなく声でも訊ねた。そちらに何か気にかかる事でもあったのか?と。今、彼ら二人が在るのは華々しいイルミネーションを放つ街の外れ小高い丘。漆黒の夜の翼無くとも、力ある者以外には神たる彼らの姿を見る事は出来ない。それは今、二人を認めるのはお互いだけであるという事。

神将達には主不在の時間が長い。彼らの主が定命ある人であると、そう定められた瞬間から彼らは主を得る歓びと失う痛みを覚えた。それならば得ては失う主達とは違い、己の記憶あるその時から傍らに立つ同胞の一人を、特別に思う事は罪にはならないだろう。
「宵藍。」
返答の無い恋人を焦れたようにもう一度、六合が呼んだ。彼らが生を受けた時代にはあり得なかった、人工的な偽りの輝きに魅せられてしまったかのような恋人の名前を。その名前はもう遠い昔にこの世を去った、彼ら神将達の主の一人であった男が授けてくれた名前。青龍と言う万人が知る事の出来る音ではなく、今では六合しか呼ぶ者のいない最上級の秘密。
「ああ、彩輝。」
偽りの星々からは形ばかり目を反らし、青龍は傍らに立つ人の姿を全て瞳に収める。鳶色の長い髪を纏めもせず、夜より黒い被風を風と共に遊ばせる、木々の涙の琥珀の瞳の持ち主を。気付けば己の傍らに在った、これからもそうあるはずの僚友であり愛しい人でもある存在。
「街が。」
ふわりたなびく。
青龍が纏うその名を現すような青い衣。六合が羽織る闇色を受け入れる為にあるような海の蒼。景色を眺めているふりで、傍らの人に見惚れていた事を知られない為に青龍は、眼下に拡がるイルミネイションを指し示した。深更の今、それを必要とする者は少なかろうに、巨大な光の華の如く闇を欺き続けるそれ。
「街が以前より明るいな、と思って。」
「ああ。」
やっと自分に応じてくれた恋人に安心したような笑みを向けて、六合は再び偽りの光の華に視線を移す。無意識に向けられるその笑みさえも独占して、青龍は立ち位置を変え六合の背後に回り、実にさりげなく彼を背後から抱き締めて片手を回した。わざと余らせた片手でもう一度眼下の街並みを指す。
「無駄な事だ。こんな深更に動く必要のある者など少ないだろうに。」
「そうだな、しかし俺達とは違い人は闇を畏れる。それにあれはあれで美しいと思うぞ、まるで闇に咲く光の華だ。」
唇には反論じみた言葉を乗せても躰は逆らいを見せず、六合は背後の青龍に軽く寄り掛かる。何時からかこうして当たり前のように、彼に寄り添う事を当然としている自分に気付く事なく、躰に回された腕に自分のそれを重ねた。永遠を半ば約束された神同士なら、時さえ凌駕出来るのだろうか。
「花は毎年同じでは無い、と昔の詩人が詩っていたな。成程、毎年眩しくなる。」
自分の腕の中の温もり、背中から抱き締められる強さ。与えあう幸せも二人には常態で、その歓びに気付かない。それが変わらず高まっていく思いなら、憂える未来も無いだろう。
有名な詩句を口にした六合に、青龍が背後からその対句を踏まえて応じる。
「然り。人は変わらぬが花は変わるな。人工だろうと自然(じねん)だろうと。」
変わらぬのは、我等もか。
言外にその一言を置く。元よりの神なれば、それを悲しいと思った事など二人にはない。況してや永遠を寄り添い、共に歩んでくれる相手がいるのなら。青龍の偽りの光華を摘もうとしていた指が戻され六合の長い髪に滑った。それも又、慣れた仕草だが、今は何処となく花を手折る指先を思わせる。深更の月の下、既に摘んで己が胸に抱いているはずの花を。愛しさだけでなく当然の権利の行使として。髪に通された指先は更に滑って六合の顎を捉える。光を湛えたままの琥珀が青龍を振り返った。
「俺達は変わらないな。」
苦しいのか、同意を求めたいのか、青龍が言外に置いた言葉を六合が呟く。海の蒼が闇を受け入れる前に、掬われた顎を反らして六合が青龍に一度口付けた。望んで手折られた花、一輪。優しく揺れて落ちて来る。
「変わりたくなどないな。喩えあの偽りの光の華が闇を駆逐しても、俺はこうしていたいだけだ、彩輝。」
光が闇を駆逐してしまえば、人は魔物どころか神さえ畏れなくなるだろう。眩しき科学神坐す世界に旧き神話は必要ない。世界が神々を、二人を忘れたと言うのなら、二人はそれで構わないのだ。お互いだけがあれば良い。
「そうだな、変わらぬなら……。」
返答を待たず青龍は六合の唇を塞ぐ。多分どんなに美しい花を手折るよりも、恋人を抱くその一瞬が二人にとってはこの上ない幸せであり、常態でありながら永遠に向かう儀式。


end

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