Secret Garden  捧げ物と戴き物

□さくらさくら
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音もなく散る花片はまるで何かに別れを告げるかの如く、降りしきる、唯、降り注ぐ。
乱れかかる、美しい人の髪に。剥き出しの白い首筋に滑り肩へ散る。
「矢張り、あまり匂いはしないものだな。」
白とは言えないその花片、仄かにピンクがかった色合いは古来よりその花の名前を取って呼ばれている。桜色、と。
呟いた男の髪に落ちかかっていた花片を、細い指先がそっと摘んだ。男の胸元に寄り添っているその指の持ち主は、拾った花片を口元に楽し気に小さく笑う。彼の唇には白が勝るが、情事の後のその肌の色と桜花は良く似ている。練り絹の白さに仄かにピンクを混ぜたような、普段は体温の低い彼の、いかがわしい熱の上昇を示しているように。
「香りのある桜もありますよ。これはあまり花に香りの無い種ですね。」
「そうか、好都合だな。」
さくらさくら 見渡す限り。
千と重なり万と散りいき雲となる。綾羅錦繍そのような、人の織り成す紋様には決してありえぬ豪勢な眺望。何時しかそう、その花霞の中、自分達も呑み込まれ消えていってしまいそうなほどに。それを望んでしまいそうな艶やかな誘惑の中、男は自分の腕の中で散り敷く桜の花片だけを纏う恋人を見やる。彼の熱で溶けてしまいそうにあわあわとありながら、そのまま彼を喰い尽くしてしまいそうでもある豪奢にして貪欲な花片を払い落としはせずに、彼の躰を膝の上に抱き上げた。疑いなくしなだれかかる白い躰の持ち主の、頬に軽く唇を触れる。
「寧ろ香りの無い桜の方が良い。お前を飾って、お前の匂いが楽しめるからな。」
囁いて唇を、その首筋に滑らせる。仕方のない人、と言いたげに男の求愛を受けいれる人の、紫苑の瞳が笑うように細められた。口説き文句としては悪くない。
桜の花片を伴の部(とものべ)に情を交わす事が出来るなら、何と贅沢な春の宵だろう。
「成親様。」
まだ澄んだ声で彼は愛しい男の名前を呼ぶ。応え顔を上げた男の顎を掬い捉えて、彼は自分から成親の唇を奪った。その戯れを隠す為か一際激しい驟雨のように、桜の花片が降り注ぐ。巷間(ちまた)に雨の降る如く、只さんさんと降りしきる。彼の腕が成親の頭を抱き、成親の腕は彼の背中に回された。唯しんしんと降り注ぐ、その髪にその肩に、二人を覆い喰いつくさんと降りしきる。
与えられる事を当然に開いて誘いこむ唇。躰の冷たさとは違って何時も蕩けるように熱い口腔内へ、舌先が潜りこみ触れ合って絡めあう。どうせこんな淫らな光景も桜花の驟雨が覆い隠してしまうのだ。だからもっと与えて欲しい、貴方を。息が停まるくらい強く全て刻みこんで。
「私にも好都合ですよ、この花靄の中では、誰も貴方を見つけられませんから。」
唇よりも艶やかな朱色の舌先で、口付けの余韻を舐め取り彼は鮮やかに微笑う。春の帝であろう桜の花を、あっさりと伴の部にしてのけた恋人の躰を成親は強く抱きしめた。
「そうだな、お前以外には誰も見つけられないな、太裳。」
「そうでしょう?ですから離して差し上げません。」
緩やかながらも確固たる意志を持ち、彼、太裳の白い腕が成親の躰に巻き付いて。その繊手に独占されるのも、悪くない。望んで墜ちる愛欲の淵。成親の手が太裳の、癖の無い青磁の髪に伸ばされる。薄いピンクの花片に飾られた柔らかい髪の手触りも指に馴染む感触。
「当然だ、俺も離す気は無いぞ?」
成親の返答に満足したか、太裳が再び彼の唇を奪おうとする。だがそれより早く成親が彼からその機会を奪いさった。
さくらさくら、見渡す限り。
その豪華な錦紗の帳は二人が望み続けている間は、彼らの姿をずっと覆い隠してくれる事だろう。


end

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