Secret Garden  捧げ物と戴き物

□さくらさくら
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狂おしく散る花片はまるで降り注ぐ雪のように。
人の子が訪う事叶わぬ、海神(わだつみ)の宮の甍に落ちる海雪の如く音もなく、只静かに降りしきり散り急ぐ。
「この桜は。」
薄いピンクの花片を連れ去る乱暴な風が、六合の長い鵄色の髪も玩ぶ。あまり吹き乱されないようにか、花を指し示していない方の手で彼は自らの髪を押さえた。それでも六合の形良い、長い指先から洩れた髪は風に煽られりょうりょうと靡く。宵闇の中、枝から剥がれた白い花片が、そうして指から零れた長い髪を時折彩った。
一年に一度の桜花の大祭。これほどに重なりあい群れ咲きつつも、儚く潔い散り際を見せつける花は他に無い。
さくらさくら見渡す限り。
一面を覆い尽くす花霞。其処に在る美しい人。
「少し前に一緒に見た若木だな、違うか?宵藍。」
「…ああ、多分。」
イリュージョンにも似たその花靄の中、美しい光景に見惚れていた青龍は問い掛けの言葉に己を取り戻す。僅かに遅れた返答に、不思議そうに自分を見つめる琥珀の瞳にもよぎる白い花片。こんなにも瞳を奪われるほどに豪勢な花嵐を観る者は、彼ら二神以外誰もいない。おそらくは只人が観るには美し過ぎて、花嵐に魂をも焦がれ奪われてしまうからだろう。
花吹雪、風の中、貴方と在る純粋な歓喜。
「早い、ものだな。」
はらはらと靡く、桜の枝に青龍は六合の背中越しに手を伸ばす。さりげなく彼の人をほんの少しだけ颶風から遠ざけた。
「以前見た時はまだ花を付けそうにない苗だったような気もするが、もうこんなに大きくなったのか。」
さくらさくら 散り行く様は。
古今全ての詩人が千言を費やし万言を捧げても、その幽玄華麗さに及びはしない。
六合を軽く抱きながら、彼と同じ様に桜の枝に手を伸べていた青龍のその腕に、ごく自然に伸ばされていた六合の腕が絡んだ。指先は蛇の如く青龍の指を捕え、矢張り絡みつく。その仕草に少し身を固くした青龍に、六合は振り返り様笑った。
「確かにまだ苗木だったな、本当に早いものだ。しかし、」
「しかし?」
「俺達からすれば僅かな間だ。又来年も此処に花見に来よう、宵藍。」
「ああ。」
絡みつき巻き付いた腕を青龍は自分から解いてしまう。そうされても六合は抵抗しないし、況してや怒ったりもしない。彼は恋人が自分に何を望んでいるか知っている。これからの自分達二人がどうしたいのかも分かっているからだ。
背中越しの抱擁ではなく、引き付けられ正面から抱きしめられて。六合の琥珀の瞳に先程より鮮明に青龍の姿が映る。それは青龍の青い瞳にも同じ事で。それが閉じられる瞬間に、過ぎる花片を湖に散り落ちた白い花のようだと六合は思った。その澄んだ青に揺らぐ花片を認めたのは、ほんの一瞬。恋人の唇が自分を求めてくるのだから、その鮮やかな幻影は自分も閉じた眼裏に思い浮かべていればいい。
冷たい湖水の青を思わせる瞳に似合わない熱い唇が、六合の唇に重なり触れて求めてくれる。それ以上に自分を曝けだしてくれとせがんでくるのだ。迷わずに六合も又、青龍の唇を求める。目も眩むような花靄の中、無くさないように恋人の躰をお互いの腕が強く掻き抱いた。誘いこんだ唇から滑り込む舌先、絡みつき口腔をなぞり唾液を掬い咽喉に送り込む。無くす事など考えられなくて共にある夢しか認められない、見たくない。
散り急ぐ花片が祝福するように嘆くように、二神を囲み覆い尽くす。永遠(とわ)なんていらない、必要ない、貴方が今此処にいるのだから。抱き締めた躰から伝わる体温と高まる鼓動が、二人に必要なものを知らせ教えてくれた。
「来年もその先も、二人だけでこの花を観よう、彩輝。」
「ああ、宵藍。」
口付けの余韻、甘い吐息を溢して誓いは再び立てられる。
花吹雪、風の中、二人在る限り添える事を祈って。


end

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