Secret Garden  捧げ物と戴き物

□拝領物 小説 牡丹と薔薇
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「昌親様、お茶をお持ちしました。一休みなさいませんか?」

 敷居の上をスッと横にスライドした襖がパチンと小さな音を立てて閉まった。

「そうですね少し休憩しましょうか」

 それまで読み耽っていた和綴じの書物から視線を外すと、太裳ににこりと笑みを向けた。

 和室には不釣合いの紅茶をカップに注ぎながら太裳は昌親に、いかがですか?と問うた。目の前に置かれた紅茶の礼を言い、カップを口元に運びながら昌親は、まあまあですね、と主語の無い問いに答えた。

「おじい様の仰っていた妖というのは、たぶんこれのことだろうね」

 紅茶を一口飲み下した昌親はカップをソーサーに戻し、広げていた書物を太裳に手渡した。

「そのようですね。特徴もよく似通っています」

 その書物には妖について書かれていた。名前、姿、どのような行動をとるか、などが事細かに記されていた。

「問題は、出没する場所がまちまちだということですね」

 これまでに安倍の本家、分家に届いた雑鬼たちの訴えを思い起こしながら太裳は呟いた。

「そうですね。近頃はこちらでの動きが活発なようですから、これ以上西に移動される前に祓ってしまいましょう 」

 昌親は現在、東京の実家から離れ、安倍の本家である京都の伯父の家で暮らしていた。安倍家の人間は高校までは東京で過ごし、その後は京都の大学に進むのがいつの頃からか、仕来たりのようなものとなっていた。

 最も、東京に分家が出来たのは昌親の祖父で現当主である晴明の代からなのでそう古い仕来たりではない。せいぜい昌親の父や伯父の頃からだろう。

「そういえば、今夜は雪が降ると天気予報で言っていたね」

 何を思ったか、突然窓を覆うカーテンを少し開けた昌親が若干喜悦をにじませた声を上げた。太裳も同じようにカーテンの隙間から外の様子を伺うと、街頭の灯りが暗闇から舞う雪を明るく照らしていた。

「それにしても、昔の人はすごいですね」

「何故ですか?」

 唐突な昌親の感嘆の呟きに太裳は首を傾げた。

「雪のことを六花とも呼ぶでしょう?顕微鏡も無かった頃から雪の結晶が六角形だと判っていたのはすごいなと思ったんです」

「昌親様は、ご存知ありませんか?」

「何をだい?」

 質問に質問で返されて太裳は困ったような笑みを浮かべた。

「雪の結晶は、肉眼でも見ることはできますよ。そうですね。粉雪では無理ですが、ある程度の雪なら結晶の形をはっきりと見ることが出来ますよ」

「へぇ、それは知らなかったな」

 眼を細めた昌親の隣から、くしゅん、と控えめだったがくしゃみの音が聞こえた。

「太裳、寒いのですか?」

 昌親が心配そうに太裳の顔を覗き込むと太裳は、いいえ、とゆっくりと首を振った。

「少しだけです。直ぐになれますよ」

「駄目です」

 そう言うが早いか、昌親は太裳の身体を後ろから抱きこんだ。

「しばらく人身を取っていなかったのでしょう?寒さに慣れていないその身体で、風邪を引かれては困ります」

「申し訳ありません……」

 太裳は昌親の祖父の式神だ。他の神将たちと同様、普段は分家である東京にいる。といっても殆ど異界で過ごしており、人の姿とることはまずない。

 昌親が実家にいた頃は異界にいる時間の方が短かったが昌親が家を出るのと同時に異界に戻ってしまった。

 そんな太裳が今回、主の使者として京都に来たのは滅多に逢えない恋人に逢うためだった。

「謝ってほしいわけではありません。ただ、心配なだけですよ」

「では、お言葉に甘えても良いですか?」

 と身体を預けてきた太裳の身体を抱いた腕に力を加えた。

「えぇ、好きなだけ甘えてください」

 耳元で囁くと、昌親は太裳の耳朶に舌を這わせた。

「昌親様……!?」

「温めてあげますよ」

ズボンに昌親の手が伸びた。布の上から、ゆるゆると掌で撫で回され、太裳の頬は羞恥でほんのりと紅く色づいた。


「それに、折角ですから種蒔きもしてしまいましょう」

「なっ、何のことですか……!?」

 穏やかな顔をしていても、相手はあの主やその孫の弟だ。突拍子も無いことを言い出さない可能性は無きにしも非ずだ。

「雪は六つの花というくらいなのですから種を蒔かなければ。種が無いと、花は咲かないでしょう?」

「……敢えてお聞きします。その種は、一体何処に…その……」

「そんなの決まっているでしょう?貴方の中に、ですよ」

 さらりと、春の陽だまりを思わせるような笑みでそのようなことを言ってのけた昌親は、やはりあの主の孫で、兄と同じ血が流れているらしい。

 好きにしてくださいと言わんばかりに唇を寄せてきた太裳と口付けを交わしながら、ふと窓の外に眼を向ければ、小さな粉雪だったそれはいつの間にか牡丹と呼ばれるものへと変わっていた。じわじわと庭を白く染め始めた牡丹。

 明日の朝には庭一面を真っ白な花びらが埋め尽くしているだろう。

 腕の中にいる愛おしい恋人と同じ、白い雪。ならば白い神が更に際立つようたくさん紅い華を咲かせよう。誰の眼にも触れさせず、自分だけが愛でる花を。


end

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