Secret Garden  捧げ物と戴き物

□These Dreams4 夕陽(せきよう)
1ページ/1ページ

失くしたなどと信じてはいないのです。

且って愛し今尚愛しているひとと、同じ名前の花々をまるでそのひとそのものであるように優しく胸に抱いて、紫苑の瞳の朋友は騰蛇に応えて柔らかく笑んだ。

彼のように現つと泡沫の狭間で愛するひとに抱いて貰えるのなら、その狂気でさえ騰蛇には羨望出来る。
うんざりするほどに消滅出来ぬ神の身。同じ悠久を漂う仲間に焦がれたは騰蛇としては必然。けれどその永劫に近い時を馳せても、騰蛇の思い人は彼一人を瞳に映さない。
欲しければ奪い取れ。その涙も血も、命すらも飲み干して。

「それ、が。」
今は騰蛇を映す美しい琥珀の瞳。木々の涙とも謳われるその色を、木将として生を受けた彼が持つのは自然な事だと騰蛇には感じる。
凶将の自分とは違い祝事である慶賀を司る彼。陽に透かして輝く長い鳶色の髪が俯いた彼の首筋を、さらりと彩った。
「それが、正しいと言えるのか?」
「俺にとってはな。」
決してそうしたかった訳ではなく、無惨に奪ったが故の代償は騰蛇には大きすぎた。彼の(かの)琥珀の瞳の神将のそれは騰蛇の為に喜悦に滲み情に泣く事はあっても、優しげな色合に染められる事は無い。あの、深い青を纏った男を映し認め求める時のような暖かさを湛える事は無いのだ。
それが口惜しくて腹立たしくて、騰蛇は結局同じ過ちを繰り返す。押さえつけ踏みにじり傷を負わせて、犯す。
夢見るままに狂気を纏い美しい花々を抱いた紫苑の瞳の朋友なら、愛しいひとと躰を重ねる行為を犯すと表現しないだろう。その花々に対するように抱くと唇に乗せるはずだ。そしておそらく、琥珀の瞳の神将の恋人も同様の表現を使うだろう。騰蛇にはそれが出来ない。舐めるつもりで噛み付いて、撫ぜて求めた肌膚は裂けて血が滲む。抱く、という何処か甘ったるい表現はあまりにも凄艶なその行為には不適格過ぎて。
それでも俯いた彼の顔を見たくて、白い首筋を覆う長い髪を鷲掴み強引に上げさせた。優しさなど微塵も感じさせる事の無い仕草、けれど騰蛇にとっては甘いスーサイド。この一瞬はその琥珀の瞳に騰蛇だけが映りこむ。容赦なく髪を引かれた痛みにか、それによって仰け反った為より深く身の内に食い込む事になった騰蛇自身によるものか、琥珀の瞳持つ神将の唇が、僅かに開いて喘ぎを洩らす。甘やかな願いでもなく、況してや愛の言葉など絵空事のように白々しい。そう吐き捨てそうな苦痛に歪んだ唇。痛みを堪えたのか、喘ぎを洩らさぬ為かは知らねど、食い縛り噛み破ったそこから流れる血潮すら愛しいが、その赤ですら多分、騰蛇の物ではないだろう。
その魂ごと縛り壊さんばかりに抱き締めて、乞うて求めて彼の名前を呼ぶ。
「六合。」
炎の性(さが)は激情。求めた相手を乞う自分を焼き尽くし滅ぼしかねない灼熱の恋情。生ぬるい誓いなど欲しくはない、確かに自分の物だという熱さが欲しい。
背後から抱き抱えるようにして、六合を占領しながら騰蛇は再びその耳元で囁くように彼の名前を呼ぶ。熱い吐息と対照的に冷えた唇に耳朶を食まれ、六合の躰に緩く漣が走った。その変化が律動を止めた騰蛇を焦れったいと促しているのか、それとも敏感な場所を恋人でもない男に好きにされる嫌悪感からか?それを後者からだと感じてしまう騰蛇は、六合が自分の物ではないと心の深いところで自分に納得しているのに。認めたくなくて完全なる拒絶を与えられるまで、六合を捉え引き裂き続けるつもりなのだ。
「逃げてみろ?」
強引に振り向かせた六合の破れた唇を舐めながら、心にもない言葉を騰蛇はぶつける。啜り上げる血の甘さに酔わされて。
「出来るなら俺から逃げのびてみろ?そうすればお前は自由だ。」
その言葉にほんの一瞬、六合の涙と屈辱に澱んだ瞳に生気が走る。恋人の知らない処で責め苦のように貫かれる苦しみを与えられずに済むのなら、そう夢想したのだろうが、彼は何故か二〜三度瞬いて瞳を閉じた。その眦から堪えていた涙が零れ落ち、頬を伝って騰蛇を濡らす。
「逃がして、くれるのか?俺達を。」
「真逆。」
やっと紡いだであろう問い掛けの言の葉を聞いて、騰蛇はせせら笑いながら六合の唇を塞ぐ。口付けると言うには乱暴に噛みついて、より深く傷を抉り血潮を啜った。
「逃がすとしたらお前一人だ。そうすればどうなるか分かっているだろう?」
アイツを殺してやる。
最後は小さく囁かれる残酷な託宣。反論しようとすれば、止まっていたはずの律動が再開されて身の内を食い破られ、六合は激しく呻いた。それでも彼の血濡れた唇は必死に疑問を綴る。
「だか、ら それは正しいと言える、のかっ! 」
「然り、正しいよ。俺にとっては。」
愛しい青玉の双眸ではなく、激情の炎の黄金(きん)の瞳に射られ閉じ込められて。その黄金を求めぬ限り、六合に与えられるは終わりない絶望と、奪われる苦痛によってもたらされる僅かな快楽だけ。



fin
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ