Secret Garden  捧げ物と戴き物

□These Dreams3 惑わせて狂わせて抱いていて
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指を浸したその液体は、ほんの少し黄色がかった白。
猫には真っ白なミルクの方が相応しいかな?とも昌親は思ったが、彼的にはミルクよりもこの味の方が好みだったのだから仕方が無い。甘ったるい薔薇よりも、癖の強い赤よりも、彼はすっきりした味わいの白が好きだから。
指を濡らしたその液体は、細く形良いそれを伝い爪の先から滴り落ちる。その指の下にあった咲き誇る桜花を思わせる薄いピンクの唇に。微かにわなないて開く唇が、その雫を待ちかねたように受け止めた。
「美味しい?紫苑。」
「みゃあ。」
一つ、二つ、滴り落ちていく雫だけでは満足出来ないらしく紫苑は彼、昌親の指先に舌を這わせて自分から咥えこんできた。元々仰のけていた顔を更に上に向けて、昌親の指を全て口中にしゃぶりつくしてしまう。その柔らかい唇と舌が自分の指を埋める擽ったい感触に、昌親は楽しそうな笑みを浮かべ、自由な方の手で紫苑の頬を撫でた。
その優しい行為とは対照的に意地悪く、昌親は紫苑が美味しそうにしゃぶっている指を、彼の口中から引き抜いてしまう。
「んっ   みゃあ。」
紫苑が抗議らしき声をあげるけれど、それは何故か猫の鳴き真似。その首から銀鈴の音色が零れ、足元では何かが軋む音がする。

二人は今、お遊びの真っ最中なのだ。

お互いが飽きるまで、紫苑は猫の仕草、鳴き真似しかしてはならないという容易ないお遊び。但し、紫苑の左足首には紫の細い紐が巻き付いている。足首を拘束していない方の紐の先端は、そこから2メートル程の余裕を持って重いソファーの足に括りつけられていた。本物の猫ならば絶対に不機嫌になる縛り方。
お遊びを始める前に自分の足首を、片方だけとはいえそんな風に拘束されて、紫苑は少しだけ戸惑った様子を見せたが昌親に「手は自由にしておきますから、嫌になったのなら何時ほどいても構いませんよ。」と宥めるように囁かれて、それならば良いかなと安易に頷いてしまったのだ。その縛めに。
そもそもそれが、紫苑の失敗の一つだった訳だが。
そうして拘束されてから暫くして、咽喉の渇きを覚えた紫苑は昌親に飲み物をねだった。その時の仕草も主人にじゃれかかる猫のそれ。軽く曲げた指先で、自分を抱くように座っている昌親の胸元を、ちょいちょいと引っ掻く真似をする。鳴き声をあげて彼の持っているグラスの中身を分けてくれと、視線でも訴えた。
ところが紫苑の少し意地悪な飼い主は、彼のおねだりしている物が分かっているであろうのに分からぬフリをした。自分だけが冷たい飲み物で咽喉を潤して、紫苑の青磁の毛並みを撫でるだけなのだ。「どうしました?私の紫苑。」呼びかけて訊ねるくせに、答えが分からないフリをする。何度か甘えておねだりしてその度にはぐらかされた紫苑は、それならばとばかりに飼い主の腕の中から手を伸ばして、自由になろうと自分の足を拘束する紐を解こうとする。だが 「猫はそんな風に指を使えはしませんよ。」飼い主が彼の耳元でそう優しく囁いて、その逃走を禁じてしまったのだ。同じような理由「猫はあまり服を好まないでしょう?」と諭されて、長めのYシャツ以外衣服を取り上げられていた紫苑は、又やられた、とばかりに口惜しそうに昌親を見上げたが、彼は素知らぬフリで愛猫の手を紐の結び目から遠避ける。それからグラスに指を浸し、愛猫の唇に近付けたのだ。
咽喉が渇いている紫苑は自分と昌親の望み通りに、冷たい雫を滴らせる指に唇を近付け舌を這わす。だが更にしゃぶりついたそれをすぐに取り上げられてしまって、もっと与えてくれと又も素直に鳴いて訴えた。グラスを持った昌親の指にも手を伸ばす。
「もっと?紫苑。」
「みゃああ。」
甘い一時を邪魔する者は無く。誰よりも優しく堕落させて欲しい。貴方のその傍らで密やかに夢見るままに狂わせて。
ねだる 唇。
愛猫の誘う仕草に抗う術(すべ)を忘れた飼い主は、自分の胸元に寄り添うように抱かれながら、ワインをねだる彼の顎を掬う。自分は冷たいワインを口に含んだ。紫苑の綺麗なアメシストの瞳がおねだりに応じてくれない意地悪な飼い主に不満そうに細められて。その手が自分の顎を捉える指を払い、誘いながら綻んでいた唇も、抗議の鳴き声をあげるよりも飼い主を求める事を選んだ。
彼に与えられるより先に自分から奪う事を。
抱かれていた飼い主の胸元から紫苑は縛めに片足を取られ伸ばしたまま、躰を起こし飼い主の両頬を手挟んだ。そのまま、彼の顔を上げさせて意地悪な言霊を紡ぐ唇を塞ぐ。誓いを交わすよりも濃厚な味わい。彼の飼い主の手がワイングラスを床に忘れ、紫苑の躰を抱き締める。顎から外された手は紫苑の躰を隠すシャツを寛げ、はだけさる事を優先して襟元に滑った。元々、二〜三のボタンでしか押さえられていなかったそれは、簡単に滑り紫苑の細い肩を露出させる。
「みゃ、昌親様。」
飼い主の唇から飲み物を奪い取ろうとしていた猫が、曝された自分の素肌を恥じるように小さく鳴いた。
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