Secret Garden  捧げ物と戴き物

□君ありて 幸福
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視界が反転する、とはこんな状態を表すものなのかもしれない。
テレビドラマなどで良くある、ぐるっと景色が回るあれだ。その日の六合はとても疲れていた。最近の彼は毎日毎日鉄板の上で焼かれてイヤんなっちゃってた訳ではないが、疲れきっていた事は確かだ。たい焼きの話をしていた訳では無かった、すまない。
早朝から深夜に渡るバイト先と学校の往復で、かなり消耗して疲労が蓄積していたのは六合自身自覚はしていたのだ。自覚してはいたが、真逆。
「きゃぁあっ!りっくん!」
バイト先のコンビニで脚立の上から転げ落ちるとは思ってもいなかったのである。元気が有り余っている六合なら反射神経も良い彼の事、何とか体勢を整え無傷で着地したろうが、生憎と彼と彼が昇っていた脚立がふらついた時に、その下には荷物を受け取る為のバイト仲間が待機していた。仲間に巻き添えを食わさぬようにと、何とか彼を避けた為に空中でより体勢を崩した六合は、脚立一番上の位置より左上半身から床に落下した。しかもコントのオチのように、荷物入り段ボールがワンテンポずれて、彼の上にのし掛かった。近くで作業していたバイト仲間の女性の悲鳴を聞きながら、ヤバいなと思った時には六合は左肩の少し下に鋭い痛みを感じていた。

左上腕部に罅。診断結果はそれだった。
段ボールの下から助け出された六合は、騒ぎを聞きつけて駆け付けてきた店長に病院に行くよう厳命されて、着替えも許されずお供まで付けられてバイト先近所の総合病院に直行させられた。診断結果が出るまでは左腕が一寸痛くて痺れているな、としか思っていなかった六合は撮影されたレントゲンに茫然とさせられて、自分の根性無しの骨を叱りたくなった。五体満足で必死に働いても生活は苦しいのだ、それなのに不意の事故で?骨に罅など入れてしまって安静一ヶ月以上を申し付けられるなんて、呪われているとしか思えない。別に呪われるような事をした覚えも、無いが。
大体そんな事をしている暇は六合には、いや彼と同棲している恋人にも無いはずなのだ。家とキャンパスとバイト先をぐるぐる巡回しているだけで呪われるなんて、まずあり得ない。本日天中殺で十三日の金曜日仏滅、星回りは最悪です。と相当に意味不明の八つ当たりを誰ともなくぶちかましたくもあったが、基本的には大人で隠忍自重型の六合はぐっと堪えていた。万聖節だろうが、金神遊行日だろうが、何かの縁日だろうが、一年三百六十五日〈不幸こじつけ〉のネタは必ず何かあるものだ。六合にはいないが「ばーちゃんの草履の鼻緒切れちゃったよ。」でもいいのだから。
「災難だったな、りっくん。」
「お騒がせしまして大変申し訳ありませんでした、店長。」 アンタまで〈りっくん〉呼ぶな。
病院からコンビニに戻って来ると、流石にギプスなどは付けられなかったが、コンビニ制服のブルーのワイシャツの上に、白い三角の布で手を吊った六合を、まだ若い店長が眉を顰めて出迎える。その表情を言葉にするなら「わぁ、痛そう。」とっても身近な人に、店長と似たり寄ったりの喜怒哀楽の激しい男がいる六合には店長の表情はそう読めた。もう一人、六合のそこそこ親しい人は常にニコニコと笑っているが、その分全く心情が読めない。笑顔の下の腹が真っ黒かもしれない、よりは分かりやすい方が良い、良いのだが。アンタまで俺を〈りっくん〉呼ばわりは止めてくれ、と軽く頭を下げながら六合は思っていた。確かに俺の名前は珍しい、珍しいが〈りっくん〉言うな。
「いや、仕方無いよ。脚立が壊れていたようだし。こう言っては何だけど、君が平気そうでまだ安心したよ。それで、りっくんその腕では何だから誰かに迎えに来てもらうかい?」
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