Secret Garden  捧げ物と戴き物

□乱心しました!
1ページ/1ページ

忘れてしまったあの頃へ。
昔から彼は村一番の器量良しと言われていた。
「りっくんは、大人になったら吃度、綺麗な嫁さんになるのぉ。」
村のじーちゃん、ばーちゃん。失礼、村の古老達も皆目を細めてそう言ったものだ。何故、お婿さんではないのかがビミョーなところだが、何だか兎に角本当に全く六合は、綺麗な子供だったのでそれで良いのだろう。少なくとも、青龍と中の人は違うと言うツッコミを受け付けない。
だが、その飛び抜けた美しさが災いして、六合はある晴れた昼下がり 市場へ続く道 荷馬車に乗って揺られて 売られて行った。
買って 嬉しい花一匁
まけて 悔しい花一匁
こう書くと本当に売買される歌のようだが、六合は決して安値で売られたりはしなかったろう。多分
買って嬉しい花一匁
売ってほくほく綺麗なりっくん (字余り過ぎ)だったはずだ。六合と将来を誓い合っていた彼の幼馴染み青龍は、六合が売られると聞いた時にそれは泣いた。泣いて愚図って暴れたが、貧しさに負けた。世間にも負けてどうにもならなかった。なら、俺を一緒に買え!と青龍は女衒に駄々を捏ねたが、女衒は
「家は男はいらねぇんだよ。わりぃな、ぼうず。」
と常識的な意見を吐いて青龍の申し出を断った。しかし
「じゃあ何で六合は連れてくんだよ! そっちの青磁の髪のヤツも男じゃん!」
と、言う青龍の的確過ぎるツッコミは見事にスルーした。大人って汚い。
荷馬車に乗せられた六合は最後まで、自分の手を握って顔をぐしゃぐしゃにして泣く幼馴染みに透明な笑みを向けていた。もう自分の運命を悟りきったように微笑む彼が、青龍は愛しくて悲しくてどうしようもなく心が痛んだ。
「俺、ふぇ、俺絶対に迎えに、うぇ、迎えに行くよ、彩輝。」
「待ってる。」
強く握られた指を握り返し六合は、又笑った。
「待ってるから、宵藍。」
「彩輝 。」
「元気で。」
「うん。」
「風邪引くなよ?」
「うん、彩輝も気を付けてな。」
「風呂入れよ?」
「うん。」
「宿題やれよ。」
「うん。」
「又、来週〜!」
「っておい!ネタ古いよ! 」
許せ、中の人が年寄りだ。感動的に六合と別れを告げていたはずの青龍は、何時の間にか六合と並ぶくらい別嬪の例の青磁の髪の少年と、掛け合い漫才をさせられていた。青龍がノリツッコミをしている内に荷馬車はごとごと進んでいく。可愛い六合、売られて行くよ。悲しそうな目をして見ているよ。版権スレスレ。青龍は速度を増していく荷馬車に必死に追いすがってこう叫んだ。
「ドリ〇かよー!」
ツッコムところはそこではない。

十数年後、成長した青龍は、六合が売られた先である、お江戸の吉原遊廓にやって来ていた。懐にはあれやこれやそれや何や、色々やって作った金が入っている。格子の向こうで並んで客待ちする遊女なら楽に身請け出来るはずの金額だ。しかし、青龍がやっとの思いで探し出し辿り着いた六合お抱えの妓楼では、そんな端金では六合事、琥珀太夫は渡せないと首を横に振った。そう、売られてからの六合は持ち前の美貌と機転を活かして、現在は吉原でも数人しかいない太夫の位にまで昇りつめていたのである。詳しく説明すると半端なく長いので略すが、太夫とは遊女の最高位だ。時代や場所によって色々違うのも省略。
妓楼の主の拒否を聞いて青龍は、愕然とさせられた。この十数年、脇目も振らずに貯めたお金。大きな声では言えないが悪事にだとて手を染めた。彼女も作らず寸暇を惜しんで金を貯めた。それもこれもみんな六合を身請けして、一緒に故郷に帰り仲良く暮らす為だったのだ。それなのに、嗚呼それなのに、それなのに(一句)青龍の貯めた金では六合の一晩の揚げ代、つまり遊び代にしかならないと言われたのだ。俺の苦労は一体何だったんだと肩を落とす青龍に、妓楼の主は一寸だけ気の毒そうに声をかけた。
「どうする兄さん?遊んでいくかい?」
その呼び掛けに地にのめり込みそうなほど、がっくりと意気消沈していた青龍の体がぴくり、と反応する。彼がきちんと話を聞いているのを確認して、主は煙管を片手に話を続けた。
「ただねぇ、兄さん。吉原の太夫は売り物じゃない。恋を選ぶ者何だよ。最低三回は通ってもらって、太夫に愛されないと夢を見れやしないのさ。」
「三回?何だそのぼった(ry 」
「それが決まり何だ、悪いね。」
それで どうする、遊んで行くかい?と続けて訊ねてきた主に青龍は暫く無言だった。だが、やがて彼は顔を上げ、はっきりとこう言った。
「遊ばせて貰おう。」
一寸、カッコ良いぞ。青龍。

数日後の夜、予約で一杯だった琥珀太夫の躰が空いたというので、青龍はやっと彼に逢うことが叶った。十数年絶えて会うことの無かった幼馴染みは、それはもう美しく成長していた。昔から綺麗ではあったが、光輝くような美しさと言うのは正にこのような人の事を言うのだろうと、青龍はその佳人の姿を見て知らずして唾を飲み込んだ。この姿を見ているだけで、俺は丼飯五杯はイケる!と的外れな賞賛も心の中で送っていた。
これも長くなるので略すが、太夫との一晩目の夜は〈初回 〉と呼ばれ客と太夫は離れて座り、会話さえも殆んど無い。後世にはそのような儀式的なものは略されていったが、吉原初期の頃はそのやり方が多い。琥珀太夫、六合は今晩の客が青龍だとは知らなかったらしく、室内に入ってきて青龍を認めた瞬間何とも泣き出しそうな、切ない笑顔を見せた。その笑顔だけで、青龍はたぎり、丼飯を注文してかっこみたくなるのであった。ついでに直ぐ様お代わり。
離れて座らされ、殆んど視線を併せてもくれない、だが、落ち着かな気な琥珀太夫に青龍は真っ直ぐ視線を向ける。彼は、六合を一晩しか購えないと、しかもその晩は共に過ごせないと教えられた瞬間から考えていた決め台詞を口にした。そう、愛しい人の名前を呼んでから。
「彩輝、先っぽだけで良いから!」
今、この瞬間遊廓に一つの伝説が、生まれた。


終劇
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ