Secret Garden  捧げ物と戴き物

□Garden
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まだ甲高い子供の声が、その広い庭にこだました。
「あーにーえー!」
何か、抜けている。
「なーりちかあにえー?ましゃちかあにうーえ?」
「何で俺は略すかな。」
―何をなさっておいでです?ー
小さな男の子がぱたぱたと広い庭のあちこちを走り回り、木の陰を覗きこんだり草むらを掻き分けたりしている。その後ろには心配そうな表情をした緋色の髪の長身の男が付かず離れずしているが男の子は彼には全く気付いていないようだった。
その男の子を成親は先程からずっと身を潜めた柏の木の後ろから見守っている。彼が知らない事だが弟の昌親も多分、同じようにその男の子を見守る事が出来るような位置に隠れているのだろう。
何と言っても今転がりそうな様子で庭を走り回っている男の子は成親と昌親の年の離れた実弟、昌浩なのである。幼児言葉の抜けていないその子供は安倍の家族の誰もが敵わない愛らしさと純粋さを併せ持っている。成親達二人も彼を躾けつつも猫可愛がりに構い付けていた。今日も今日とて
「うん?太裳。見て分からないか。子取ろ遊びだ。隠れ鬼とも言う。」
ー…お伺いしたかったのはそれでは無かったのですが。ー
成親の背後に隠形したまま声だけをかけてくる太裳は悪びれもせず、末弟と『子取ろ』遊びをしている、と答えた成親に軽い溜息を付かされた。
『子取ろ』子取り、子取り鬼とも言う。自分以外の誰かがいないと出来ない遊びだ。おもに追い探す者と隠れる者の二組に別れて行われるが故に最低でも二人はいないと行えない遊びであったし追い探す者は一人でも、隠れる者が多数の方がこの遊びは長く楽しめた。そうは言っても今昌浩がぱたぱたと走り回っている庭園を内包する安倍邸は屋形の主の身分からしてみれば破格の広さを誇ったが、昌浩に丁度良い年頃の遊び相手は一人もいなかった。
「あーにーえー?」
「それは無理だろうが、おまえ、成親や昌親は池の鯉か?」
但し、今の彼の目に見える範囲ではという意味である。昌浩は現在訳あって見鬼の才を封じられているが、安倍宗家に生まれた男子は強弱の違いはあれど皆その才能に恵まれている。その目で見ると安倍邸程遊び相手に不自由しない屋形も珍しいのである。家屋に住む容易ない雑鬼や樹木草花の精霊達。
そして何より、池に近寄った昌浩が落ちはしないかとハラハラしながらもツッコミつつ見守っている長身の緋色の鬼神と成親の背後で未だ姿は顕さないが彼が小さな頃から側にいた太裳を含む十二神将が安倍邸にはいるからである。
勿論十二神全てが常駐している訳ではないが、少なくとも成親とすぐ下の弟昌親は二人共に遊び相手に不自由した記憶は無かった。
幼い子供らしく昌浩が一寸だけ池を覗きこんでから、とてとてと屋形の方へ行ってしまうと緋色の鬼神はあからさまにほっとした顔をして踵を返し、幼児の後を追っていく。
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