書音

□紅葉と過去
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紅蓮は、はっと息を飲んだ。
背を向けていた勾陣の腕が、後ろから紅蓮を抱き締める。
紅蓮の肩に、勾陣の額が乗せられた。

「…勾……」

勾陣の腕に触れようとしたが、それより先に解かれてしまった。

「紅葉を見ろ。綺麗だろ」

俯いていた顔を上げると、先ほどよりも綺麗と思える紅葉が、そこにあった。

「綺麗、だな」

本当に、綺麗だと思った。
それは"思い出さなくていい"と言われたからだろうか。
それにしても単純すぎやしないか。
勾陣に言われて綺麗に見えるようになったなど、絶対に言ってやらない。

紅蓮はベンチから立ち上がると、勾陣に向かって手を差し出した。

「勾、ありがとな」
「さて、何の事かな?」

勾陣はくすりと笑うと、紅蓮の手に重ねた。


お前が紅葉を嫌っているのを知っていた。
でも紅葉は無関係だろ?
だから、知ってほしかった。紅葉の綺麗さを。
紅い物の綺麗さを。

考え事をしていた勾陣は、隣から視線を感じ、問いかけた。

「どうかしたか?」
「いや、勾の髪は黒いから紅葉が似合うな」
「!」
「あぁ、ほら」

紅蓮は勾陣の頭に手を伸ばした。
突然の事に思わず身を固くした勾陣の目の前に紅葉が一つ、現れた。

「髪に付いてたぞ」

紅蓮はそれを地に落とすと、帰り道を歩き出した。

繋がれた手は家に帰るまで離される事はなかった。

「騰蛇、また来ような」
「ああ」



End.
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