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□一夜の哀情
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自分の姓が変わって一ヶ月も経つと慣れる物だ。
周りから呼ばれても違和感なく返事が出来るようになった。

「勾」

だが、相変わらずこの男はこう呼ぶのだ。
だから自分も変わらない。

「何だ?騰蛇」
「すまんが明日から出張になった」
「ずいぶんと急だな」

勾陣はぱちぱちと目を瞬かせた。
それに騰蛇は困ったように小さく笑って肩の辺りにある頭に手を乗せた。
そしたら、手を乗せられた意味が分からず上目遣いで見上げてきた。

「ホントは別の奴が行くはずだったんだが、」
「まあ、良いんじゃないか?」

返ってきたのは、実に素っ気ない返事で騰蛇は思わず肩を落とした。
もうちょっと寂しがってはくれんのか!
それを彼女に期待した事自体が間違いだ。

「あぁ、そうだな」

少し投げやりになったが、勾陣には気にした様子は見られない。

「何時に家を出るんだ?」
「いつも通りで、……いや、少し早く行く」

明日の説明を終えて、明日も早いしもう遅いから寝ようとなった。



翌朝を、やはりいつも通りに見送った勾陣はやり残していた家事を片付けた。
普段から「一人」というのには慣れている。
だから騰蛇が出張だろうが、なんだろうが別に大丈夫だと思った。

片付けたテーブルを拭くのを止め、勾陣はその場で息をついた。

まさか。
これほど早く来るとは。
ダメだ。まだ我慢しなくては。
先程出ていったばかりではないか。

取り敢えず家事を全部終わらせる。
何かをしている間はいつも通りだ。

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